【神宮】ダメが集積した人災、東京デザインウィーク事件【二年経っても書類送検】

 

2016年11月、世にいう「神宮イベント火災事件」が起きた。現在は2019年で、もうすぐこの事件から三年を迎えようとしている。以前二年目の時点で関係者が書類送検になったことを記事にしたのだが、現時点、この件はどういった進展を見せているのだろうか。

↓事件についての概要・時系列などはこちらの記事でまとめてあります。

 

↓事件を引き起こした学生二人は日工大だが、東工大に風評被害が及んでいる模様。

 

2019年8月、学生二人が重過失致傷で在宅起訴。

2019年8月1日、東京地検は重過失致傷の罪で日本工業大の学生二人を在宅起訴。業務上過失致死傷の疑いで書類送検された責任者の同大教員1人と、イベント運営会社3人は不起訴処分とした。

東京地検は不起訴理由については明かしていない。6人は警視庁の任意の取り調べに対し、いずれも容疑を認めていた。

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イベント火災で5歳男...
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3年前に東京・新宿区で開かれたアートイベントで木製のジャングルӟ...

 

在宅起訴と重過失致傷とはなんなのか

ではこの在宅起訴と重過失致傷とはなんなのか簡単にまとめる。

業務上過失致死罪は、業務上必要な注意を怠り、よって人を死亡させる犯罪をいう。業務上過失傷害罪は、業務上必要な注意を怠り、よって人を傷害する犯罪をいう。

また、第211条後段に定められる「重大な過失により人を死傷させる」犯罪は重過失致死傷罪と言う。これらは業務上過失致死傷罪とは別の犯罪類型である。

wikipedia:「業務上過失死傷罪」より

在宅起訴(ざいたくきそ)とは、刑事訴訟法の被疑者が刑事施設に勾留(未決拘禁)されていない状態で起訴がなされることを言う。略式手続や、被告人が勾留されないまま公訴を提起された場合などに在宅起訴となる。

wikipedia:「起訴」より

 

法律用語は非常に難解だが、要は教員・イベント会社の写真は仕事上で起こした致傷なので「業務上過失致死傷」学生は重大な過失(この件は燃えやすい材質の近くに投光器を当てたことであろう)により男の子を死亡させ、父親にも火傷を負わせたことで全員が2019年3月に書類送検、8月に学生二人は在宅起訴になり、残り四人は不起訴処分になった、ということになるだろう。

しかしこの件では人が死亡しており、この処分はどうなのかという印象が拭えない。まずなぜこんなにも時間が掛かったのか、という大きな疑問も湧く。

 

↓下のおふた方のお話で分かるような、分からないような・・・なぜ時間が掛かるのか、掛かりすぎじゃないか、という部分が不透明なことが一般人に不信感を与えやすいことは確かですね。

 

在宅起訴とはなんなのか。なぜこのケースに適用されたのか

在宅起訴とは,被疑者が留置場などに身柄を拘束されていない状態で(在宅),検察官が裁判所に訴訟を提起すること

身柄を拘束されないため,事件を起こした場合であっても,通常どおりの生活を送ることができる。

在宅起訴になる場合のケースとしては

・逮捕がなされないまま捜査が行われて起訴される場合

・逮捕されたが勾留されずに捜査が行われて起訴される場合

・逮捕され勾留されたものの起訴される前に釈放され釈放後に起訴される場合

 

被疑者が逃亡する可能性も証拠を隠滅する可能性もないため,逮捕されなかった場合は,身柄を拘束されることがないまま刑事手続が進む。

今回のこの「東京デザインウィークイベント火災」においては、まず当事者の学生がはっきりしている訳だ。

また、学生であることから身元も居住地もはっきりとしており、逃亡の恐れもない可能性が高くなる。また、今回在宅起訴となったのは、この学生という身分が大いにものを言ったことは間違いないだろう。

なぜなら、上記でも紹介したが在宅起訴は留置所などに拘置されないため、学業・仕事に影響が出にくく、通常の生活を送ることが可能である。

在宅起訴って正直なんのため?これで罪を償うとか可能なのかな?

この在宅起訴というやつ、良い観点も大きいかと思うが正直どうかと思う部分が大きいと個人的に思う。

なぜなら、この件でもそうだが人が一人死んでいるのだ。人を殺した人間が、学業にも勤務にも影響を及ぼすことなく、通常の生活を送りながら、っておかしくないかな!?と思うのですよ。

もちろん、日々牢獄で後悔の日々を送り、仕事も学校も戻る場所が無くなるのが良いことだしそうするべきだとはいいません。

でもあまりにも不釣り合いで。自分のしたことで人が死んでいるのに、死んだ相手はもう「通常通りの生活」なんて二度と送れないというのに、下手したらその人の家族、友達もめちゃくちゃな精神状態になっているかもしれないのに、殺した本人は普通通りですか?

なんなんですかね、この在宅起訴って。なんで加害者に配慮するシステムになってるんですか?あとこれは絶対に切り離せない話だと思うんですが、通常通りの生活を送りながら罪の重さなんて感じられるんですか!?

悪いことをして、人が死んでいて、それなのに自分は通常通りの生活を送れる。そりゃあ精神的にはぐっちゃぐちゃでしょうし、家族のなかも滅茶苦茶かもしれない。

でもね、逮捕されなければ絶対に人間「たいしたことをしてない」だとか下手したら「自分はそんなに悪くないんでは」なんて次第に思い始めるのは当たり前。

全然これはありえる展開だと思うんですよ。なんなんですかこれは、と思うのはこういうポイントなんですよ。

在宅起訴ってなんなんだ、なんで加害者の生活に配慮が必要なんですか?

逮捕されない=そんなに自分は悪くなかった と思わない保証なんてない

 

この件で思い出すのが、某局のアナウンサーが駐車場で引き起こした死亡事故の話。

無謀な運転をして、その結果男性が一人亡くなりました。しかし、当事者の女子アナは逮捕されず、在宅のまま起訴。

この件で逮捕されなかったことに関してはいろいろと言われているのですが、正直この件だってなんで逮捕されなかったんだろう、と思うことが山積みですよ。

今回の交通事故は現行犯。しかし、氏は逃亡したわけではなく、自ら通報したようなので、逮捕する必要があるかどうかは、通報を受けて警察が現場に到着した時点で判断しているはず。証拠隠滅や関係者との口裏合わせなどの可能性がなければ、その後に逮捕はされない。事故から1週間以上経っても逮捕されていないのだから、これから逮捕されるということはまずないと考えるべきだ。

ーー起訴される可能性は?

 起訴か不起訴かは、被害者、加害者双方の過失の程度によって変わってくる。また、ポイントになるのは示談が成立するかどうか。検察官は示談の成り行きを見届けて起訴、不起訴を決める。

引用元:楽天・インフォシークニュース「千野アナ、死亡事故で今後の逮捕・実刑・服役の可能性、そして実刑は?」より

 

今回の話とでは過失による火災・死亡事故、交通事故によって引き起こした死亡事故、と事案は違うものの、基本的なベース部分は同じだと思われる。

いわく

証拠隠滅・逃亡の恐れがないこと

身元が確かなこと

逮捕するかは現場の警察官の判断

 

という部分は通底しているでしょう。

男の子の両親の代理人弁護士を通じたコメント(全文)

警察の方々による捜査、検察の判断を待つこの3年近くの間は、明るかった息子の笑顔を思い出す日もあれば、事故当時の状況がどうしても頭から離れず塞ぎ込む日もあり、私たち家族にとって本当に長く辛い毎日でした。

 この度の起訴の結果を受け、学生には起きた事故の事実にきちんと向き合うことを望むと同時に、主催者、大学等の責任者・監督者への責任が追及されないことに、納得することができず、心の整理がつきません。

 それにより息子が犠牲になったこの事故が今後の対策に活かされず、風化されてしまうのではないかという不安と悲しみを覚えています。

まとめ

今回この件の在宅起訴まで時間が経過したことの経緯、そもそも在宅起訴とはなんなのか、適用条件とはなんなのかを書いてきた。

池袋の暴走事故などでもこの件は話題になったが、あの件に関しては「上級国民」という言葉が先走りすぎて、別に特別扱いされている訳でもなくて通常の処理なのだが、この事件の行く先があまりにも注目されていたこと、さらにあれだけの事件を引き起こしたことへの後始末、という観点で見れば甘く感じられたために騒がれたのだろうと思う。

この件に関してはイベント火災に関しても同じであろうと思う。

たとえ法的にどうであろうと、事故を為すすべもなく見ているしかできなかった家族の心情、それに相反するようにどこまでも他人事の運営側。

「まっ切り替えて飲み会でもしましょうや」と打ち上げをしようとするメンタリティのおかしさ。

法的にどうこう、では測れないやりきれなさがあることは事実だし、硬直した法律の杓子定規な尺度では到底対応不可能なひどい事情がたくさんあったことは事実だ。

そろそろこうした反省なき加害者側周辺事情も刑罰に反映されるような法体制にしていくことはできないものだろうか?

こうしたことを報道せずダンマリのままで、京アニ事件でも明らかになった、どこまでも被害者を晒すことにばかり血道をあげ、被害者のプライバシーならば侵してもいいという考えのマスコミの報道体制も変わってほしい。

でなければ、この先被害者の尊厳も平穏も守られない。この事件が起きた節目を迎えるたび、そのことを考える。

 

 

🐾東京デザインウィーク 前記事です🐾

 


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