「ノストラダムスの大予言」作者謝罪する「子供が読むとは思わなかった」しかしこの本、HUNTER×HUNTER並みに売れていた件

 

2019年4月6日「Mrサンデー」で「ノストラダムスの大予言」を著した五島勉氏が宮根氏のインタビューを受けた。

「ノストラダムスの大予言」は今から46年前の1973年(昭和46年)に書かれた本である。

ノストラダムスの大予言 迫りくる1999年7の月人類滅亡の日 (ノン・ブック)

 

私はまだ生まれてはいないが、おそらく小学校高学年ぐらいにこの本をどこかで目にしたのだ。もともと、この世代は学研ひみつシリーズだとか

画像引用元:naverまとめ

 

小学館の入門百科シリーズ

画像引用元:ヲトメの素人古本 ハナメガネ商会 さん

 

で、さんざん「不思議」だの「怪奇現象」だの「世界の不思議な事件」だのにやたら詳しかった世代だ。

 

「ノストラダムスの大予言」の影響力を知るには当時の背景を知っておく必要がある

上記の(ふしぎ人間 エスパー入門の画像でも顕著)だが、当時は空前絶後のエスパー・ブームであった。

というのも、この「ノストラダムスの大予言」が発行された前後の1974年(昭和49年)に超能力者を名乗る「ユリ・ゲラー」

が日本のテレビに登場し、スプーンを曲げ、テレビを通して止まっていた時計に念力を送って動かす、など派手なパフォーマンスを行い、この世代に小学生だった人間ならば大抵テレビの前でスプーンを擦った経験があるはずだ。

私はこれより少し年代が後の世代だが、テレビの前で超能力者の言うままスプーンを擦った経験がある(スプーンは曲がらなかったw)

 

↓当時の動画はなかったので、最近の「ユリ・ゲラー」のスプーン曲げの動画を貼っておきます

 

まさに「沸騰」という言葉がふさわしい過熱ぶりだった。特に当時はエンタメといえばテレビと新聞・雑誌しかない時代。ネットも動画も普及しておらず、ひとつの事柄が注目されると視聴率が爆上がりし、40%を超える(つまり全国民の4割が同じ番組を見ている)ということも珍しくなかった時代だ。

それほどまでに日本中は「エスパー」「超能力」「UFO」「UMA」「幽霊」などに親和性が高くなっていたのだ。

上岡龍太郎がズバリ!今でいう毒舌タレントの上岡氏が「~な50人」と激論を繰り広げるバラエティ番組。
この時代はこういう「幽霊いるいない」「UFOは実在するしない」などのテーマのもと、激論を行う番組は頻繁に作られていた。 現在この路線を踏襲しているのはビートたけしの「TVタックル」といえば雰囲気がわかりやすいだろう。 1994年のオウム事件が大きく影響し、完全にこれらの番組は怪奇現象を茶化したり笑いに変える路線に路線変更された。

 

当時はこんな風に空前のオカルト・ブームだったのだ。心霊写真の本や超能力。

UFOがすでに地球にきている

宇宙人にさらわれて手術され金属を埋め込まれた人がいるだの陰謀論含みのヨタ話を大真面目に

しかもそれがあたかも真実であるかのように迫真のテンションで取り上げる番組、タレントを廃墟や心霊スポットで肝試しさせる番組などでオカルトがエンタメ化し、ますますオカルト寄りの世情は加速する。

そんな時代背景の中だったのだ、この「ノストラダムスの大予言」が出版されたのは。

 

 ミリオンセラーの「大予言」映画まで作られてそれはもう大変なことに

 

ノストラダムスの大予言 迫りくる1999年7の月人類滅亡の日 (ノン・ブック)

この「ノストラダムスの大予言」は今でいう新書サイズで発刊された書籍。まあ売り方からして「大人むけ書籍」ですよね。

しかしこの本、大人だけが読んでいた訳ではない。当然年上の兄弟がいる子供たち、親戚のお兄さんに貸してもらった子供、さらには親が読んでいた子供までおり、一概に「大人向けシリーズ」で発刊されたとはいえ「子供が読むとは思わなかった」というのは通らない。

実際私も親戚の人の書棚にあったこの本を偶然目にし、大変なショックを受けたことを覚えている

表紙にはおどろおどろしい目を閉じた人物。迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日

という物騒なキャッチコピー。頭を棒で殴られたようなショックを受けましたね。

滅亡するんですよ、滅亡。たぶん今の子に言ったら笑われるでしょうね。「こんな本、まじめに信じる人なんているの!?」って。

でもあのころ、大半のこれを目にした子供(あるいは大人)はこれを信じ、ある者は不安になり、ある者は自分の未来を危惧したんです。

今、そんな本ってありますか!?影響力でかすぎるから!!

 

富樫の「HUNTER×HUNTER」並みに売れていた「ノストラダムスの大予言」

 

この「ノストラダムスの大予言」1973年時点では100万部を売りました。

例として2018年のヒット作を上げていきますね。

【小説】

東野圭吾「ラプラスの魔女」  58万部

 

住野よる「君の膵臓をたべたい」280万部

君の膵臓をたべたい

 

【漫画】

矢部太郎「大家さんと僕」   70万部

 

HUNTER×HUNTER35巻   109万部

HUNTER×HUNTER 35 (ジャンプコミックス)

 

ONE PIECE   89巻    214万部

 

この中で100万部に一番近いのがHUNTER×HUNTER35巻の109万部です。ちなみに「進撃の巨人」は122万部といえばその爆発的な売れ数が分かると思います。

富樫と進撃と同じぐらいですよ!?めちゃくちゃ売れてるってことですよ!?東野圭吾の小説より売れてるんですよ!?

ラプラスの魔女 (角川文庫)

こう例えれば、この本が当時としては超大ヒットの類であることは分かると思う。

この「ノストラダムスの大予言」は大人向けの新書で出てますから単純に価格の安いコミックスと比較するのはおかしいのかもしれませんが、当時どれだけこの本が世の中に普及していたか、という指標にはなると思うので例として挙げました。

 

ワンピもHUNTER×HUNTERも、進撃も、実際にはそれを貸してもらう子、買わずに人の家で読む子もいるわけだから、実際が100万部ぐらいだったとしても、単純にこの二倍ぐらいの人が読んでいると考えても過言ではない。

 

この「ノストラダムスの大予言」全部込みのメディアミックスの成功では!?

翌年1974年8月にこの「ノストラダムスの大予言」映画化されてさらに知名度をあげたのです。

メディアミックスですよメディアミックス!!!

今でこそ珍しくないこの売り方ですが、当時こんな売り方はちょっとない、というか前代未聞です。

現代の視点で見るとこの「ノストラダムスの大予言」が発行されたのは1973年11月のこと。

「劇場版 大予言」(現代風にいうとザ・ムービー ってところ?)が公開されたのは翌年1974年8月。

この劇場版、本のヒットの二匹目のドジョウを狙って作られたというパターンかもしれないけど、一番考えられるパターンとしては

①映画公開が決まる(1973年)

②公開するにも話題が必要のため、制作側が著者に資料を渡して著述を依頼

③果たして「ノストラダムスの大予言」大ヒットその間制作側は劇場版作製を続行継続中

④話題性は既に抜群のところ、満を持して劇場版公開、大ヒット(1974年)

という流れじゃないかと性格の悪い私などは邪推してしまうんですよ。これ完全に仕込まれたメディアミックス戦略ちゃうんか、と。

はじめっから「ノストラダムスブーム」を作り出すべく周到にレールが引かれた上での「大ヒット」じゃないのか、と。この映画は1974年の邦画部門の興行収入第2位になりました。

映画の作る過程を私は知りませんが、映画って9か月で撮れるもんですか!?むしろこの本が出たと同時、またはそれ以前から映画は撮影に入っていた、と思うほうが自然ではないでしょうか。

ひとまずこの映画のキャスト(私が分かる範囲の俳優さん)を挙げていきます。

  • 丹波哲郎
  • 由美かおる
  • 黒沢年男
  • 岸田今日子
  • 浜村純

・・・ビッグネームばっかりじゃないですか・・・?

このキャストのスケジュールを揃えて、本が出た後9か月で映画撮れますかね!?すでにスケジュールも抑え済みで、翌公開に向けて撮影してたと考えるほうが自然ではありませんか?

なぜ私がこのことを書いたかというと、この映画と本は、当時の若者子供に絶大な影響を与えたと思われるからです。

特にその終末感溢れる映画の世界観は、きたるべき年「1999年」に対しての絶望感を当時の人間に植えつけました。

 

平たく言えば「末法思想」こんなことは昔から日本人は繰り返していた

今にして思うとだから!?という感じですよね。たかが1999年が2000年になるだけのことなのに。これだったら、平成が令和になることのほうがよっぽどデカい変化ですよ。

ひらたく言えば、このパニックは日本史を学んだ方にはおなじみのキーワード「末法思想」で説明できます。

1052年(永承7年)は末法元年とされ人々に恐れられ、盛んに経塚造営が行われた。 この時代は貴族の摂関政治が衰え治安の乱れも激しく、民衆の不安は増大しつつあった

このように仏の末法の予言が現実の社会情勢と一致したため、人々の現実社会への不安は一層深まり、この不安から逃れるため厭世的な思想に傾倒していった。

wikipedia「末法思想」より引用

末法元年(1052年)という年が「人々に恐れられ」=1999年7の月を「昭和の人々は恐れ」

人々の不安は増大しつつあった、とということも共通。

仏の末法の予言が=ノストラダムスの大予言が

現実の不穏な社会情勢と結びつき、社会への不安が高まりつつあったことも共通しています

 

驚くべき類似点です。

なんと日本人は1000年近く前にもこうした「末の世が来るぞ、きっとよくないことが起きる」それに伴い何らかの事件が起きる「ほら、やっぱり良くないことが!」という自己暗示を繰り返してきたということになります。

それだけならば「ああ、何も起こらないのに迷信なんか信じちゃって」となって終わるのですが、この話が見過ごせないのがこの終末的思想「何かが起きる、世界が滅びる」という昏い予感に満ちたムードにあたる人たちが現れてしまった、ということです。

彼らの名は「オウム真理教」彼らは、それまでイケイケドンドンだった日本経済のバブルが崩壊したあと、暗い予感に満ちた世のムードを利用してその勢力を広げていきました。

普通より考え深い青年、ものごとに感じやすい感受性の高い若者などがこの「オウム真理教」に取り込まれてしまい、じぶんたちこそがこの世で選ばれた存在であり、自分たちが来るべきカタルシス「ハルマゲドン」からひとびとを救済するのだ、と誤った考えのもと、暴走を始めたのです。

そして起きたのが「地下鉄サリン事件」であり松本サリン事件、坂本弁護士殺害事件でした。

 

オウム事件のベースはこの「ノストラダムスの大予言」は間違いなく影響していた

 

この本や映画がその責任があるとは言い切れません。が、明らかにオウムの考えの根底にこの「世の中が滅亡する」という昏い予感があったことは事実です。

もちろん大半の人はこんなヨタ話、本を読んだり映画を見た瞬間こそ恐怖を感じたものの、すぐに忘れてしまいました。

ところがそれが本当に起きると信じ、心からそう信じてしまった人たちもいた。

馬鹿だとか本と現実は違うんだから現実見ろよ、という意見が現代ならツイッターで出るだろうし、あらゆる専門的な知識をもったネットユーザーが集まってきて「これはおかしい」だとか「理屈にあってない」って意見も出ますよね。

それを見て、それぞれの人はそれぞれの考えを持てるじゃないですか。

でもあの頃ネットはなかったし、こうやって一つの場所で集合知を集められる場もなかった。

だから個人の中で考えが膨れ上がる。本を何度も読む。考えが補強される。客観的な意見を聞く機会もなく、その考えは個人の中で沈着していく。

私はこの本を読んだとき想像しました。1999年、私は23歳になっている。若く、まだきっと結婚もしていないだろう。

それなのに、1999年の7月に死ぬんだ!死にたくない!訳も分からないまま死にたくないよ!そう思ってひとり、布団の中で泣きました。

 

あのころ、普通に「ノストラダムスの大予言」は子供の本に取り入れられていたんですよ

しかし私のように年上の人間のルートから、この「ノストラダムスの大予言」を目にした子供たちだけではありません。

この学研ひみつシリーズ」だったと思うのだが「ノストラダムス」の本があったんです。

画像引用元:naverまとめ

 

この「ひみつシリーズ」は学校の図書館・児童館などで超ポピュラーな本で、当時の子供だったら一冊や二冊は必ず目にしているはずの本です。

ノストラダムスの生涯がたしか漫画で描いてあった記憶がある。

画像引用元:wikipedia「ノストラダムス」

ミシェル・ノストラダムス(1503~1566)はルネサンス期のフランスの医師・占星術師である。

ざっくり言うと、

①ノストラダムスという男がいた

②預言者として有名になった彼はあるとき王に招聘され、自分の未来を占ってほしい、と頼まれる

③ノストラダムスは王(アンリ二世)の未来を占い、以下のようなことを述べる

 「若き獅子は老人に打ち勝たん
  戦さの庭にて一騎討ちのすえ
  黄金の檻の眼をえぐり抜かん
  傷はふたつ、さらに酷き死を死なん」

 アンリ2世は40歳。当時でいえば「老人」である。彼は祝宴の席で「若い」近衛隊長に野試合(「庭」)を臨んだ。

「戦さ」のさいちゅう、隊長の槍の先が裂け、アンリの「黄金」の兜を貫き、「眼」に突き刺さる。王は9日間も苦しんだあげく「酷き死」を遂げた!

引用元:中野京子ブログ「花つむひとの部屋」より引用

 

要は、その子供向け書籍では「ノストラダムスっていうものすごく当たる占い師がいた、アンリ二世に自分を占ってくれと言われたので占うと、若い騎士が老人に打ち勝つ、一騎打ちで黄金の兜を貫いて目を貫く、という占いをした」と淡々と書いてあるんですよ漫画でね!

もうこれ子供にとっては大変なショックですよね!

まずこんな「人の生き死にを占える人間がいる」というのもショックですし、それがシチュエーションまで的中しているのも恐ろしい。

もうかんぜんにこれです、この状態。

念のため調べてみました。

1559年6月30日、アンリ2世の妹マルグリットと娘エリザベートがそれぞれ結婚することを祝う宴に際して行われた馬上槍試合で、アンリ2世は対戦相手のモンゴムリ伯の槍が右目に刺さって致命傷を負い、7月10日に没した。

現代では、しばしばこれがノストラダムスの予言通りであったとして大いに話題になったとされるが、現在的中例として有名な詩が取り沙汰されたのは、実際には17世紀に入ってからのことであった

引用元:wikipedia「ノストラダムス」より

 

アンリ二世が実際馬上試合で負った傷で亡くなったというのは本当(だが後付けである)

でも、それをノストラダムスが的中させたか、というのは完全に後付けのようで、それが言われるようになったのは200年ほど経ってからのことだ、と。

要は後世に後付けでできた話だった可能性が高い。話としてはドラマチックだし分かりやすいけど、普通に考えて王様に呼ばれて「あんたもうすぐ馬の試合で目を突かれて死にますぜ」と言って果たして無事でいられたのか、という話になると思うんですよ。

正直、その場って完全におめでたい祝賀の言葉を述べることを求められてる場のわけで「あんたもうすぐ死にますよ」なんて言おうものなら「この無礼者が」と言われてその場で叩き切られてもおかしくない。

そんな話は残ってない。だから冷静に考えてみると「そんな予言はありえない」としか言えない。

後世にそれっぽく残ってた意味深な詩にこじつけただけだろ、と。完全にそうとしか思えないわけです。

 

子供なんてね、ソース不明でも「本に書いてあれば」信じる生き物なんです

 

つまり本来、そのノストラダムスの話やらアンリ二世の死を予言しただのいうオカルティックな話、子供にする話じゃなかったんですよ。

間違いなく、この「学研ひみつシリーズ」でノストラダムスが取り上げられたのは件の「ノストラダムスの大予言」の発刊を受けてなことは間違いない。

でなければ、こんなマイナーな人物そもそも子供向けの書籍に出てくる話じゃないんです。

 

たとえ現代いろいろ分かってきて「結局200年後に後付けで予言が的中したことにされた」という話があったとしても、本に「ノストラダムスの予言が的中した」そう書いてあれば子供はそれを信じてしまうんです。

なぜなら、子供にとって本は「間違ってないことを書いてあるもの」だという固定概念があるから。

それぐらい「本で何かを世に広く広めること」ということの影響力は大きいのです。だから、もしそれがのちのちの子供たちに誤った知識や思い込みを持たせてしまう結果になったとしたら、それはとても罪深いことで

皆大っぴらに批判はしませんが、この「ノストラダムスの大予言」が後世に与えた影響は悪いもののほうが絶大であるということになります。

すでに著者の方はそれを詫びています。間違いなく彼はオウム事件のさなか、自分の書いたものの影響について考えていたでしょう。

これを受けて、世の中はがらっと変わりました。根拠もないオカルトやら心霊現象、怪奇現象を面白おかしく取り上げる番組は消えました。

むしろ怪奇現象を科学的に解明する方向に変わっていったのは喜ばしいことではありますが、また行き過ぎたナチュラル志向から科学を全否定する行き過ぎた人々、ワクチンや薬、抗がん剤までを「毒」とみなし拒否する人々など、また人の心の偏りは異なる方向へとシフトしています。

根拠不明のオカルト理論が出るたび、科学で芽を摘んでおかなければ、またこうした異常な事件が起きるのではないか、あの暗かった世紀末を送った人間としてはそれを危惧しています。

令和が明るく、楽しい世になるよう心から祈ります。

 


error: Content is protected !!