生きていれば悩みは尽きない。疲れたあなたにそっと寄り添う優しい本【人生相談 】

 

人間生きていればままならないことの一つや二つあります。普段はそういうことを見ないようにしているけれど、ふと心が疲れたとき、そんなことがどっと重い荷物になってのしかかる時もあります。

けれど悩みというのは大抵とても個人的なものであって、勇気を出して人に言ったところで「自分のほうがもっと大変だ」とか矮小化されてしまったり「走ったり体を動かしたら忘れる」とざっとしたまとめかたをされたり「いつまで言っているの」と打ち切られてしまったり、到底他人とは共有できないものだと最近よく思うのですね。

話してもこういうまとめ方をされると余計にもやもやして忘れるどころじゃありません。人に言ったって迷惑だろうし・・・と心にしまいこんでしまう人も多いのではないですかね。

ぐじぐじするのも、うだうだするのも「あれに悩んでいる」と頭を悩ませるのも、人から「はいやめて」と言われたところで辞められるはずもなく。考えがちな人間の気持ちは、超体育会系の人には所詮分からない。

そんなタイプの人に一番寄り添ってくれるのは間違いなく「本」であると私は思う。人じゃないから何度同じページを繰り返し繰り返し読んでも構わない。「しつこい」なんて言われない。自分が知りたいことだけを拾い出して読むことができる。

いろいろ疲れたとき、書店で読んで「ああ、この本なら悩んでいるとき疲れず読める」と思える本を三冊見つけたので紹介します。

 

おばあちゃんの優しい手~    一冊目「ふがいない自分と生きる」

“ふがいない自分”と生きる 渡辺和子: NHK「こころの時代」

 

「置かれた場所で咲きなさい」で有名な渡辺和子さんのエッセイ。

この本は非常に有名なので書店で見かけたこともある方も多いのではないですかね。

 

置かれた場所で咲きなさい

 

渡辺さんはキリスト教系大学の学長であり、シスターで、マザーテレサと親交もあった女性。2016年「どんな時でも人は笑顔になれる」を校閲したあとこの世を去った。

「置かれた場所で咲きなさい」の内容がたんなる先入観で「愛・慈しみ・清貧」みたいな感じに思えてしまって正直言って食わず嫌いでした。

私そんな高潔な人間でもないし、くだらないことで悩んでる凡人だもの!人間として高みにある人のお話は私には関係ないのでは・・・

と思って渡辺さんのご本を敬遠していた部分があるんですよ。「置かれた場所で~」の作者の方だという先入観なしでタイトルが気にかかり、手に取ったのが「ふがいない自分と生きる」でした。

そこに書かれていたのは「何にも怒らない・感情を害しない」植物のような聖女ではなく、ごく普通に学生に「おはようございます」という挨拶を無視されてムッとする、当たり前の感情を持った一人の女性だったのです。

「私は学長で自分から挨拶をしているのにどうして挨拶を無視されればいけないの」

そう思って内心ムッとするたび、彼女が思うのは「小さな死」という言葉なのだそうです。私はキリスト教的世界観に疎いのでこの「小さな死」という概念がちょっとわかりにくかったのですが、要は「おはようございます」と言葉を発して、それを相手が受け取らなかったとしても「美しい行為」の残滓は残り、神のポケットに入ったのだから良いでしょう、という考えのようです。

・・・ここまでは達観できないですけど、日常、挨拶を無視する人って割といますよね。本当にあれはイラッとしますし「何様のつもりだ」とか「感じ悪」とか頭にもやもやとした黒雲が掛かってくるシチュエーションでもある。

でもね、その「悪感情すら抱くこと」を「ダメなこと」だと言われてしまったらもうひとって行き場がない。

私はてっきりこの方の本は「一般人が到底できない人格的レベルが高すぎることを無理してこうしなさい」と言われる本なのかと思って誤解していたんですね。

そういう感情を抱くことは否定されないし、ならばそれをどう「よいほう」に解釈していこうか、という心の持ち方を教えてくれる本でもありました。

「ふがいない自分と生きる」は、渡辺さんの温かい人柄が伝わってくるようで、優しいおばあちゃんに暖かい紅茶を淹れてもらったような温かさが残る本でした。

「こうしろ」「ああしろ」「こうでなきゃいけない」なんてことは言われない。「こういう風に考えてごらん?」と優しく語りかけられるような読後感が残り、とても温かみのある本でした。

 

聡明で明快な女友達~      二冊目「吉本ばななが友だちの悩みに答える」

吉本ばななが友だちの悩みについてこたえる

 

吉本ばななさんの本はとても不思議な本だといつも思います。たいてい彼女の本に出てくるひとたちは何らかの事情を抱えていたり、何かままならないことに直面して一時「いったんやすみ」を選択したひとのお話が多いのですが、本来本というのは自分と近い状況の登場人物が出てこないとなかなか読み進めにくいものです。

 

吉本さんの本は「自分と全く異なる状況にあるひとのはなし」であっても、読んでいる最中や読み終わったあとに、自分の中にも何か「ヒント」のようなものがもらえる気がするのです。

悩んでいることであったり、人間関係の小さなとげのようなものであったり、といった事柄の。

私が好きな本「ハゴロモ」と「デッドエンドの思い出」「ハチ公の最後の恋人」

吉本さんはこの本で、賞を取ったときのこと、有名になったとたん急に人から「お金を貸してくれ」と毎日のように依頼されはじめたときのこと、たくさんの人にお金を貸したがきちんと返してくれたのはたった二人だけであったことなどを率直に語ります

一般人が到底直面しえないようなすさまじい状況を何度も経験している彼女の視点はいつもどこかクールで、絡まりあった紐のように行き詰ってしまった「人間関係の悩み」にすっきりはっきり答えてくれます。

かといってものすごく突き放している訳ではない。でもどこか優しい視点があるのが読んでいても落ち着きます。

普遍的でよくある「人間関係の悩み」に具体的に、かつ冷静さと暖かさが籠った回答を返してくれる本です。

「ものすごく頭が良くて、冷静な視点を持った女友達」と話したような読後感が残り、すがすがしい気持ちになります。

 

酸いも甘いも嚙み分けたいい女~ 三冊目「誰かが私をきらいでも」

表紙の女の子の強い目線と「でも私はそんなの気にしないわ」という強さが伝わってきて手に取った本です。

誰かが私をきらいでも

作者の及川眠子さんは新世紀エヴァンゲリオンの「残酷な天使のテーゼ」で非常に有名な作詞家。

最近だと、ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風のOP「Fighting Gold」が有名です。

 

数年前「破婚」という衝撃的な告白本を出して話題を呼びました。成功した作詞家である彼女は非常に経済的なゆとりがあったが、ふとしたことでトルコ人男性と婚姻関係を結ぶこととなり、彼にさんざん金銭的な振り回され方をし、疲弊していく自分の姿を包み隠さず書き綴った本です。

破婚: 18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間

この前提を踏まえてこの「誰かが私をきらいでも」を読むと、及川さんは非常に優しい人なのだということがすぐにわかります。

なぜかというと、彼女自身、世間から「ダメ女」だとか「だめんず」とレッテルを張られるような経験をしてきているわけで、それを自ら公開してもいる。

でも、彼女はそもそも世間的にダメとされがちな人たちに対して「とんでもない!」「ありえない!」などといった昨今のネットアレルギーのような過激な反応をしません。

「ま~そういうこともあるよね」「世間がなんと言おうと、こういうこと、やっちゃうときはやっちゃうの」的な許容のしかたをします。

さんざん「己のふるまい」で痛い目を見てきた人特有の優しさとか懐の大きさがあって、疲れている人間をやすらがせてくれる、人生経験豊富なバーのママみたいな印象を受けます。及川さん自身、男性で痛い目にあっているので、同じような「だめんず」を好きになってしまう人にも非常にためになる内容です。

 

 

 

まとめ

私は心が疲れているとき、上記の三冊の「人生相談本」をまとめて読んでみたのですが、

「ふがいない自分と生きる」は優しいおばあちゃんに話を聞いてもらい、温かい掌で肩を抱いてもらえる感じ

「吉本ばななが友だちの悩みにこたえる」は聡明な女性により具体的な指針(考え方の方向性)を示してもらい

「誰かが私をきらいでも」では自分の陥った状況を「そういうこともあるわよ」と年上の経験豊富な女性に許容してもらい、その逞しさを少しだけ分けてもらう

そんな読後感を抱きました。

疲れているとき「こうならなきゃ、ああならなきゃ」「こんな自分はダメだから変わらなきゃ」などと思うようではさらに疲れてしまう。

三冊それぞれに読後感は違いますが、どの本にも共通しているのが優しい読後感であり、少し心が軽くなったような爽快感です。

疲れた時は無理に立ち直ろうとするのではなく、こうした「悩み相談本」を読んでみると、視点が変わり少し気が楽になるかもしれません。

 


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