心理学で「仲間はずれ」を読み解く~ママ友派閥に見る「内集団バイアス」と「外集団バイアス」

 

「つねに子供を人質に取られている交渉人」

私はこの「ママ友」というやつに煩わされている状況のことをそう捉えているのですが、現在お悩みの方はどう思いますでしょうか。

「いやいや、そんなもんじゃないですよ」とか「殺伐としたもんですよ」という返答が返ってくるでしょうか。

以前、この「ママ友がこわい」という本を読ませて頂いたのですが、もう下手なサスペンスやサイコドラマより恐ろしかったですね。

 

ママ友がこわい 子どもが同学年という小さな絶望 (コミックエッセイ)
ママ友がこわい 子どもが同学年という小さな絶望 (コミックエッセイ)

 

ふとしたことがきっかけで、ハブられはじめる主人公。そのメイン格の「ママ友(もはや友でもなんでもない)」に会うのが怖くて怖くて仕方がない。

でも逃げられない。狭くて息苦しいその空間から抜け出すことができない閉塞感がこれでもかこれでもかと描かれます。

読んでいるだけで、息が苦しくなりました。

 

「大したことない」「どうでもいいこと」で済ませる夫の無理解

「は~!?」「女ってめんどくせ」「ほっときゃいいんじゃないの~?」とか「そんなの気にしてバカみたい」などと言う 夫必読の書だと思います(悲しいかな、夫ってこういう無神経な一言を無神経に言う生き物です・・・)

夫には夫の「仕事」という戦いがある。でも妻は「子供のために」「子供の未来のために」必死で一人で戦っている。フィールドは違えど、戦っていることには変わりない。

 

すべて言葉で行われる静かな戦い。それが「ママ友付き合い」

「あ~めんどくさい! 」と思った時に読む ママ友の距離感
「あ~めんどくさい! 」と思った時に読む ママ友の距離感

 

夫に妻が心を痛めている「ママ友」との関係が「そんなの気にしなきゃいいのに」と一言で流されてしまうのは、それがすべて「言葉」のみでひっそりと行われている戦いだからだと思うのです。恐らくこのようなことを言う夫には一日たりともそんな戦いは戦えないでしょう。

たった一言が誰かの地雷を踏み「うざい」とかひっそりハブられることになるかもしれない。自分だけならばいい。でも、自分の放った迂闊な(一般的には全く問題ないレベルの)一言がきっかけで、子供まで割を食うかもしれない。

 

毎日が交渉人。それがママという仕事

片恋グルメ日記(2) (アクションコミックス)
片恋グルメ日記(2) (アクションコミックス)

「長閑の庭」のアキヤマ香先生のコミックス「片恋グルメ日記」の一コマ。

↓リンクでツイートが開きます。

「うちらのグループ」でお揃いでトートを一緒に買おう、と促されるお母さん。「ヨシママは?」と聞いたところ「もうあの人うちらのグループじゃないから」と返され絶句する。

そう、ヨシママはハブられているのだった。その後彼女は「ママ友会」に行き再度言葉を失うことになる。

みんな、おそろいであのトートを持っているのだ

[ジーニズム エドウィン] トートバッグ キャンバスミニトート ブラック Free
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まずい。ここでトートを持ってないことに上手く言い訳をしなくては、となんとか言い逃れた彼女だったが

次は「ヨシママ抜きのグループライン」に加わること、次はフェイスブックでも繋がることまで求められ「SNS苦手でやってないんだ」と返したところ、ママ友の顔がピキッと凍ってしまう。

「あっシクった」

彼女はこの綱渡りを失敗してしまったことを直感してしまうのだった。

 

「もうあの人私らのグループじゃないから」これを「内集団・外集団バイアス」という

 

女の人間関係はめんどうなのよ 人付き合いの処方箋
女の人間関係はめんどうなのよ 人付き合いの処方箋

このシーンに象徴的なのがママ友が使う「うちら」「うちらのグループ」という言葉だ。ヨシママをハブるのも「うちらのグループじゃないから」というよく訳の分からないもので、まるで中学生の女子が一緒につるんでトイレに行く同調圧力を彷彿とさせる。

何故集団は「一緒に行動すること」を強要し、そこから外れたものを爪はじきにするのか

それを読み解くぴったりの心理用語があり、それは「内集団・外集団バイアス」という言葉です。

 

簡単に言うと「身内びいき」と「それ以外の集団を低く見積もる」心理です。

要は「うちらのグループ(仲間)」と見なされればある程度のことは許容されるが、仲間でないと見なされれば除外したり、少々意地悪をしてもかまわない、という心理に陥る、ということです。

最近分かりやすいのはトランプ大統領の「 America First, America First. 」という主張のもと、移民や外国人、アラブ系の人を「グループ外」とひとくくりにし、それ以外の白人たちを「うちらのグループの内側」と見做し「敵」「味方」という単純な二層構造にアメリカ社会を分け、その分かりやすさが受けている、おなじみのやり方です。

要はあれです。グループがどうこう言ってる人はプチ・トランプなんです。

「仲間」だの「仲間じゃない」だのフンガーフンガー言ってるママ友がいたらトランプさんがワーワー言ってるのを思い浮かべましょう。あれと同じですから。もうこういうのは内心で笑いにするしかありません。

 

↓またはこれ。若いお母さんは分かんないと思うけど・・・フンガーフンガー。

VCD 怪物くん フランケン(ノンスケール PVC製塗装済み完成品)
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グループに分かれることでお互いの敵愾心が強まる、という実験「泥棒洞窟」

 

集団を組むことによって、互いの敵愾心が高まる、という実験があります。それが泥棒洞窟実験です。

お互いの存在を知らず、引き合わせた少年たちの2グループは、顔を合わせたとたん、仲良くするどころか諍いをはじめます。しかし彼らは共通の障害に向かうときは力を合わせ、最終的には打ち解けたのです。

本来ならばいがみ合うことなどなかったはずの彼らを闘争的にし、意地悪やいやがらせのハードルを低くしてしまった心理、それは「うちらのグループ」「グループじゃないやつ」というグループ分けによって生まれたものだったのです。

人はグループを組むことによっていとも簡単に「グループ外」の人間に敵愾心をいだきやすくなってしまう、というのはこうした実験で実証されています。

 

言葉という武器を防御の盾にして、日々戦っているお母さんたち

 

女子の人間関係
女子の人間関係

なんだママ友関係ってめっちゃワンパターン、というか心理学の型にハマってるじゃん!と多少でも心が軽くなれば幸いです。

しかし「仲間」のグループの中でも、メンバー内の緊張関係が解けた訳でもなんでもなく、少し変わったことや外れたことをすれば、つまはじきにされる相互監視社会には変わりない。

こういうのはある意味、勤務時間がきちんと決まっている夫の仕事より神経を使い、しんどい戦いなのではないかと私などは思います。

言葉という武器を防御の盾にして、日々戦っているお母さんたちはとても凛々しいと思う。

しんどいときは「わたしは交渉人なんだ、娘、息子を救出するために戦っている女エージェントなんだ」と想像してみてください。もちろん「娘、息子が救出されたとき」というのは子供が成長し、親同士が無理に付き合わなくて良くなった時期を指します。

 

 

 


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