【ルーマニア 女子留学生事件】未必の故意という名の罪【岡山地底湖事件】

 

知っただけでムナクソ悪くなるタイトル事件が三つある。「ルーマニア 女子留学生殺人事件」と「岡山地底湖事件」近年起きたのが「神宮イベント火災」事件だ。

この三つを非常に印象深く記憶している人も多いかと思う。大抵の事故や過失には然るべき原因調査があり、きちんとした原因究明や責任の所在が追及されるべきだ。

しかしこの三つの事件には共通した点があり

①大学生が関わっていること

②事件の原因追求と責任者の謝罪がない

③多人数が関わっていた案件のため責任が分散し「はっきりした責任者」というものが見えにくい

④被害者のプライバシー保護を盾に運営側が沈黙することで沈静化を図った

というこの共通点があるためいずれもはっきりとした解明がされておらず、受け手側に未だ生生しく感情が燻っていることは確かで、記憶の上では鎮火したとはいえない事件だと思う。

まずは事件概要を挙げておく。

 

ルーマニアに深夜に一人で到着した女子大生。これが過誤でなければなんなのか

カードの要約で概要はおおかた伝わるかと思うのだが、こちらの記事はいったいこの件でなにが問題だったのか大変分かりやすい記事になっており、一部ご紹介させていただく。

女子学生の名前で書き込まれたフェイスブックやツイッターによると、女子学生は現地で日本語を教えるためにルーマニアに派遣された。

ブカレストへのフライトの前には「ルーマニア着いてから一人で深夜電車に3時間乗らなきゃだから、それが最大の不安というか何というか辿り着けたら奇跡だと思う」とツイートしている。

女子学生のツイッタープロフィールには「AIESEC(アイセック)」という記述があり、さらにアイセックの公式サイトで「ルーマニアに渡航した邦人女性が同国内で亡くなられたとの報道がなされておりますが、当団体ではご遺族のご意向を踏まえ、本件に関して一切の説明を差し控えさせて頂きます」との注意書きが掲載されていることから、女子学生はアイセックのインターンシップでルーマニアに渡ったと思われる。

J-cast 危険すぎた「女子大生ルーマニア一人旅」アイセックに説明不十分と批判噴出より引用

 

上記はルーマニアの事件の内容なのだが、はっきり言って外国の、しかも女性が一人で夜につくようなプランを組まれたこと自体不手際があったとしか思えない。

というよりも「行きたいからブッキングします、でもあとはしりませ~ん」ではあまりにも無責任ではないか。

はっきりいうと、この工程を組んだ組織の人間に責任があるのは間違いない。ただプランを組むだけではなく、現地の治安状況、現地との調整、旅行者がトラブルに直面したときに相談できる窓口(電話対応、ネット対応)も用意されていないのではあまりにもお粗末としか言いようがない。

これでは「海外留学を応援します」とはとても胸を張って言えないと思う。上記に紹介した記事には事件後急にこの団体のHPが落ちたことに関して言及されているのだが、こちらが妙に思うほどに「たまたまかもしれないじゃないですか」「言いがかりですよ」となぜか記事を書いた方へのマイナスコメントが殺到している。

いやおかしいだろ。明らかにネット工作してるだろ。そんなことしてる暇があるならちゃんと説明しなよ。ウェイトの置き所がおかしいだろ。

人が自分たちが組んだプランで亡くなったことより、名誉回復のほうが大事なんでしょうか。異常だよ本当に。

たぶんうちのような木っ端ブログは検索上位に上がることなんてないと思うけど一応書いておくよ。うち今記事150ぐらいになるけど現在に至るまでコメントゼロですから。この記事だけ罵倒批判コメ殺到してたら犯人は・・・わかるな?

 

 

多くのネット民にトラウマを与えた事件「岡山地底湖事件」の恐怖

世界でいちばん美しい洞窟、魅惑の石窟 世界の写真家たちによる冒険の記録

「なんJ民のお絵かき」さんの事件概要漫画。トラウマになる可能性があるほど怖い事件なので閉所恐怖症の方は注意してください。

 

岡山地底湖未解決事件 (↓kindle)

岡山地底湖未解決事件

 

 

この事件に関しては、こちらの二件の記事に非常に詳しい。

この事件に関してまず問題点はいくつもあるが、まず入洞届が出されなかったこと、この点からもこの高知大学探検部の面々の危機感のなさが伺える。

さらにこの全長1600Mにも及ぶ鍾乳洞(しかし片道3時間はかかるという非常な難所)のなか、下図のように5m降下しなければ降りることなどできない地底湖に、行方不明になったNさんを一人降ろし、30M泳いだところにある地底湖の壁にタッチさせるなどという正気の沙汰とは思えない「大学生イキリ」ではすまされない無茶苦茶なことをやらせているのである。

というか、下手をして泳いでいる人が沈んだら100%死にます。何しろ水深30Mの湖なのです。

「タッチ」という声が聞こえた、と洞窟から脱出した4人の部員は証言していますがそんなのは所詮泳がされた当人から話を聞けない以上「いい加減なこと言ってんじゃねーよ」としか思えないしなんの信ぴょう性もないのです。

洞窟探検入門 (文庫クセジュ)

しかも彼らは5Mの壁を這い上るのに必要なワイヤーすら回収してその場を立ち去っているのです。これはなんで?一月も五日の冷え切った地底湖を40M近く泳ぎ切れたとして、数時間ずっと立ち泳ぎしてろっていうこと?

単純に助けを呼びにいく3時間とまた戻ってくる3時間、都合6時間水深50Mの湖で立ち泳ぎしていろってか!?これ魚人でも無理だと思います。

Portrait.Of.Pirates ワンピースシリーズNEO-DX ジンベエ

これ「タッチ」という声が聞こえた、という証言を信じる材料が一つもないんです。なら戻ってくるまでなぜ待たなかったの?というかそもそも何でロープか何かを付けてあげていなかったの?

普通に考えて5m下の水面に飛び込めって言われてすぐ飛び込める人っていますか(補助ロープなしね)高とびこみの選手じゃないんだから無理ですよ。

参考までに5m下に飛び込むっていうことを感じてもらうために動画を貼っておきます(飛び込みの瞬間は11秒目ぐらいから)

こちらの動画では足から飛び込んでいます。

ちなみに5m上から飛び込んだときの危険性をリストアップしておきます。

飛び込みで危険なのは水面で打って内臓破裂するなどではなく。
入水した際に首や腰骨を曲げられ骨折してしまう事です。

足からはいればこの心配は無く失敗してもお尻や腿の裏が痛いだけですみます。
とは言っても、素人が5m以上(例えば10m)で足から入ろうとしても、
空中で傾いて顎や顔や耳から入ってしまう事も有るので
なれるまでは5mが限界と思ってください。

可能性のある怪我は、頸椎骨折/腰椎骨折/肩の脱臼/
網膜剥離/鼓膜破裂/胸部圧迫骨折/手首の骨折

腕を水平にしていると以外と肩の脱臼をします。

yahoo知恵袋「海へ飛び込んでみよう!すると、どれくらいの高さからアウトなんですか?」回答より引用

これは飽くまでも私の想像した事故当時の会話(事実ではなく完全な妄想です

「おいお前、今年はほらあなタッチお前の番な」

「えっ嫌だよ、というかヤバイよ、こんなの出来るわけないよ」

「え~出来るって~wだって今まで先輩たちもやってきてるんだよ?」

「なんで俺がやんなきゃいけないんだよ」

「いいからやんなって」

躊躇う被害者の背中をイキった探検部部員が突き飛ばす。

ろくに受け身も取れぬまま落下した被害者。上記に挙げたように、なんの備えもせずに素人が飛び込める高さはギリギリ5m、というかそれだって飛び込めるかどうか分からない。

そんな状態で(なんらかのハプニングで!)落ちた被害者はどこかを負傷し、泳ぐことすら困難になる。

「おい、ヤバイよ」

「ヤバイ」

(沈黙する水面。紛れもない故意による事故)

メンバーたちは何をしようが(ケーブルを残していようが)被害者がもう上に這い上がれないことを全員が認識していた。だから一人も現場に残らなかった。だからケーブルを残すことすらしなかった。

彼らはそれよりも「いかにこれを事故だ」と糊塗するかのほうに力のすべてを注いだ。だから無事に洞穴をぬけたあと、被害者のSNS(mixi)のページにアクセスし、自分たちの痕跡を消した。

記者会見すら開かなかった。説明をすることも、責任者が公の場に出てくることすらなく、大学という封鎖された場所に与えられた特権を盾に自らの履歴を雪ぐことのほうを重視した。

なにしろ被害者は彼らの過ちや責任を追及できることはない。なんと言ってもこれからの自分たちには将来があるのだ!だから逃げたのだ。なに、どうせ大学を卒業して就職してしまえば「帳消し」になる。逃げよう。逃げるしかないんだ。

こんな小説があったと想像してください。この想像は飽くまでも小説なんです。

というかですね、この小説みたいなことがこの世で起きたとして、これは100%金田一の少年の事件簿では20年後とかに全員屋敷に集められて連続殺人が起きるぐらいひどい事件ですよ。

金田一少年とかコナンとかアガサクリスティとかに出てくる復讐鬼でもいない限り、これ完全に胸くそじゃないですか?

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

決してあれらの漫画や小説を賛美するわけでもなんでもないし、事件なんて無いほうがいいに決まってるけれど、こんなの小説や漫画でも胸くそ悪い、というかフィクションだと思いでもしないととても遣り切れない。金田一少年みたいな事件はマンガだけで十分です。

これが想像力豊かなブログ主の妄想小説であることを祈りたいと思います。

 

これも度を越した胸糞事件。神宮イベント火災事件

この事件の部分は小さなお子さんをお持ちの方は閲覧をお避けください。それほどにひどい事件です。

上記の記事にあるので詳細は省きますが、神宮で行われたイベントで「素の家」と題する木製ジャングルジムが展示されていました。(燃える前のジャングルジム状況)

そのジャングルジムの周りにはなぜかおがくずが纏わりつかせてあり、それをLED照明が煌々と照らしていました。それが発火したのです。これを設計したのは日本工業大の学生。同大は「詳細は分からない」とだけコメントした。

燃えた展示物は日本工業大工学部のクラブ「新建築デザイン研究会」が出品。「素(す)の家」と名付けられ、中におがくずを入れてライトを下から当てていた。「学校作品展」エリア内にある体験型展示物で、当時も複数人が遊んでいたが健仁ちゃんだけが逃げ遅れたとみられる。警視庁は、おがくずから出火したとみて調べている。

産経ニュース 5歳児死亡 遊べる木製ジャングルジム内に「おがくず」、強いライト当てたのが原因か「中に子供が!」大人たちの叫び声、球場にまで煙より引用

上記の「ルーマニア事件」と「地底湖事件」と違い「神宮事件」は学生の所属する日本工業大学の学長みずから過失を認め、またイベントを主催したTOKYO DESIGN WEEKの責任者も謝罪している。

本当にひどすぎる事件である。謝られても子供さんは戻ってこない。責任者が一人も出てこず事件の詳細が家族にすら伝えられないのではあまりにも辛すぎるだろう。

今回の火災を受け、制作した学生たちが在籍する日本工業大学は6日深夜と7日午前に記者会見を行った。

成田健一学長は今回の火災を謝罪。事実関係を認め、「責任は大学と学長である私にある」と述べた。

成田健一学長は火災を謝罪し、遺族に「大学としてできるだけのことをしたい」と述べた。また、白熱球の投光器がライトアップ照明として使われていたことを明らかにした。

学長「事故の責任は大学と私」…神宮外苑火災‐YOMIURI ONLINE

 

設計では、中央上部に内部照明用のLED電球1個を取り付けることになっていたが、学生らの話から、ほかに設置時の夜間作業に使った白熱球の投光器もライトアップ照明として使っていたことが判明した。

大学側は7日午前10時半から、再び記者会見を行い、成田学長は「大学の責任の下に出展しており、事故の責任は大学と学長である私にある」と述べた。

学長「事故の責任は大学と私」…神宮外苑火災‐YOMIURI ONLINE

 

出火した作品についても、事前に書類で構造の確認が行われていたが、照明と素材の位置関係などの詳しい記載はなかったようだ。

今回イベントを主催した東京・港区にあるTOKYO DESIGN WEEKの川崎健二社長が6日午後9時すぎ、会場で報道陣の取材に応じました。

川崎社長はまず、「貴い5歳のお子様が亡くなられ、ざんきに堪えず、重く受け止めています。申し訳ございませんでした」と謝罪しました。
神宮外苑のイベント会場で火事 5歳男児死亡 2人けが 東京‐NHK NEWS WEB

追記:二年後の2019年3月、この件についてようやく展示に関わった学生二人が重過失容疑で書類送検、関係者ほか4名も書類送検されることとなった。この件については次記事で紹介しています。

 

↓事件概要・運営周辺の話中心です

↓加害者側の書類送検・在宅起訴の話などについての話です

 

 

 

責任の分散と「複数であること」の精神的負担の目減り

行動意思決定論―バイアスの罠

 

明らかに上三つの事件は特定の個人が名指しされないまでも、それぞれの事件で被害者が亡くなるきっかけを作りだした人間には明らかに思い当たる節があるはずだ。

それなのに沈黙している。まぎれもない殺人なのに。こんな心理をうまく表す言葉がないかと色々探してみると、こちらの記事に近いと思われる概念を見つけた。

⑧【防衛的帰属】Defensive attribution

脅威事態が生じることが予測される状況において、その脅威を軽減するという目的のために、他者が起こした脅威事態の原因や責任の所在を、自分が将来位置すると予測される立場以外の他者か、状況に位置づける自己防衛のメカニズムに基づいた帰属傾向のこと。

たとえば、事故の観察者が将来その加害者の立場と同じような立場になる可能性が高いと予測しているような場合、その可能性を最小限にし、かつ将来の責任を回避するために、その責任を被害者あるいは状況の要因に帰属させようとする

グラデュエイト進学塾 社会心理学用語解説「防衛的帰属」 より引用

 

生存者バイアス

生存バイアス(Survivorship bias)とは、生存した物のみを基準とすることで誤った判断を行ってしまうことである。生存者バイアスなどとも言われる。

ある特定の出来事や手段などを評価する際に、経過と共に発生する少なくない脱落・淘汰などをした存在を考慮することなく、最終的に生き残った一部のみをもって判断してしまうことを指す。

脱落者は文字通り脱落済みであるため死人に口なしとして主張を行う事が無いということである。

 

要はこの二つは「責任転嫁」の理屈とも言える。また平たく言えば「死人に口なし」とも言う。最近この理屈で分かりやすいのが吉澤ひとみのひき逃げの件である。

「車を止める場所を探していた」(はい嘘。全然そこらへんに止まれます)

「向こうが信号無視をした。軽くぶつかっただけ」(典型的な防衛的帰属。轢かれた方が悪いと責任転嫁している。ブレーキなしで交差点に突っ込んでるのに)


「芸能人で急いでいる」(知るか。芸能人はひき逃げ無罪か)

「仕事に間に合わなくなったらウン千万円の損害になる」(轢いた人にちゃんと賠償金払えよ)

上に挙げた三つの事件は、少なくとも「要因を作り出した」と思われる個人は必ず存在しているはずだ。

しかし結果的に「加害」側のみが発言でき「被害」側がものを言えない状況では、すべて加害側の都合のよい理屈を付けている可能性があるということだ。

こうした事例はツイッターによるさまざまな告発をすぐに「嘘松」認定して矮小化しようとする風潮にも表れていると思う。実際「嘘松」の事例も少なからずあると思う、しかしそれが「真実」であった場合、無駄に被害者側を傷つけるということにもなり兼ねないのである。

上記で私が書いた「小説」に関しても「被害者の過失」にして加害側が納得してしまい、口をつぐむという終息のさせかたが出てきているが、これはあくまでも「小説」であり「ブログ主の想像のたまもの」であるから、100%そうだとは言い切れない。

吉澤ひとみの「あたしは悪くない、そのときそこにいた被害者のほうが悪いのよ!」と言わんばかりの理屈は少なくとも過失側が「明らかな過失、因果関係を知りながら沈黙している」という三つの事件のメンタリティの理解には役立つと思う(神宮事件だけは責任者の謝罪があったが)

何にせよ、こうした事例が起きた団体の内部には構造的な問題がまだ横たわっていることは否定できないと思う。何しろ「総括」がされていないのだから、改善されたと思うのは非常に難しい。

 

「未必の故意」とは何か。「これヤバイかもしれない」と誰も思わなかったのか

未必の故意

未必の故意

 

三つの事例には常に曖昧さが付きまとう。誰が悪いのか。何がいけなかったのか。今後同じようなことが起こらないためにはどうすれば良いのか。

昨今誰でも録音や録画ができるスマホが普及しているのは幸いともいえる。吉澤の件に関してもドラレコが大きな役割を果たしているし、もし録画がなければ「歩行者も悪い」という吉澤の言い分も受け入れられてしまった可能性もあるのだ。

つまり生存者バイアスが適用されてしまった可能性が高いのだ。

これは飽くまでも想像の範囲を超えないが、この記事で取り上げた三つの事件のうち二つは「未必の故意」が該当するように思えてしまう(これも個人的な勝手な想像ですのでご了承ください)

今後これらの事件の全貌が解明されることはあるのだろうか。

【未必の故意とは】

殺人の場合、「殺してやる」というのが故意ですが、「これをしたら死んじゃうかもしれないな」と知りながらやって死んでしまった場合が未必の故意です。

yahoo 知恵袋 「未必の故意について端的に教えてください」より引用

 

「ドナウ~」は東欧に音楽留学した女子大学生が、周囲の誰しもに反対される男との生活の末に辿る悲劇のノンフィクション。この本の中で著者(男性)が夜のルーマニアの駅に辿り着き、命の危機すら感じる状況に陥るパートがあります。ルーマニアの人には怒られるかもしれませんが、この本以降、私の中では「治安が悪い怖い国」というイメージしかありません。

 

東京デザインウィーク中に起きた「神宮イベント火災」がようやく二年後関係者が書類送検。その件について書きました。


error: Content is protected !!