【冨樫のキャラ殺し】幽遊白書、文庫版での書き下ろしの意図を考える【賛否両論】

今年は幽遊白書アニメ化25周年で、下記のようなカレンダー、出来の良いフィギュアなどが続々と出ており、TOKYO MX系列でもアニメの「暗黒武術会」編が再放送されたなど、ファンには非常にうれしい一年となっている。

卓上 幽☆遊☆白書 2018カレンダー
卓上 幽☆遊☆白書 2018カレンダー

この記事では「幽遊白書」文庫版の最終巻12巻におまけとして付いている「書き下ろし漫画」について考えていきたい。

巻末、唐突な冨樫のメッセージに読者呆然

幽★遊★白書 12 (集英社文庫 と 21-16)
幽★遊★白書 12 (集英社文庫 と 21-16)

件の書下ろしが載っているのは上記の「幽遊白書」文庫版12巻である。もともとこの文庫版には巻末に載る解説文などが付いておらず、基本的に「マンガだけ」の仕様になっていた。

11巻に載ったアニメ制作会社「スタジオぴえろ(現 株式会社スタジオぴえろ)スタッフによるアニメ版の制作秘話など、ファンには非常にうれしい仕様となっていたため、12巻で「できれば冨樫先生の書下ろしが読みたいです」と要望を出すファンも現れた。

12巻、幽遊白書の最後のページのあと、この経緯にページが割かれ、そのあとに「待望の書き下ろし」があるとの編集者のコメントが書かれており、ファンはわくわくしながらページを捲ったことと思う(私もつい先日、この12巻を購入したばかりだ)

そのあとが非常に賛否両論なのだ。
「冨樫です」
「お買い上げ、ご愛読ありがとうございます」
こんな言葉の背景にあるのは血だらけで倒れる蛍子と、それに驚愕する幽助だ。
惨劇の犯人と思われる謎の腹に「凶」と描かれた巨体パンダに殴りかかる幽助とパンダの後ろ姿が描かれる。
若気のいたりを絵にかいたような作品ですが

それだけに思い入れもひとしおです
と言いながら幽助をすれ違いざま、爪で斬るパンダ。この描写はシルエットで簡素に描かれ、残酷さは見られない。まるでモブキャラが戦闘で雑魚的な散り方をしたかのような、あっさりとした描き方だ。
これからも 描き続けていきます
このコメントが被さるのはバラを構えた蔵馬と刀を構えた飛影だ。二人もやはり、どう猛なパンダの爪の餌食に(この描かれ方も上記のシルエットと同じだ)
気が向いたら 読んでやってください
 では

と、なぜか最後に桑原が唐突に登場して一言。それだけである。

意味が分からない、その一言だ。私もつい先日この書下ろしを読み頭が「??」と混乱し、アマゾンのレビューを読んだり、ネットで検索してあれこれ読んだ方の感想を調べてみたのだが、こんなの冨樫本人にしか分かる訳がないわけで。

 

↓私はこの方みたいに語れませんが「すごい漫画家」っていうのは思います。

 

批判が出る理由は「自分たちは嫌われているのかな?」と思うから

幽・遊・白書完全版(全15巻セット) (ジャンプコミックス)
幽・遊・白書完全版(全15巻セット) (ジャンプコミックス)

まず第一印象で思ったのが「冨樫は幽白ファンが嫌いなのかな?」ということ。その理由は、文庫版を買うような(おそらく)冨樫好きの古参とも言えるファンに答えるメッセージとしてはあんまりな結末だからだ。

最終巻に付くメッセージとして、キャラたちの惨殺というのではあまりにも黒すぎて、理解できる人間はあまりにも少数に思えてしまう。

好きで読んできたキャラたちが、ほんとうに巻末の最後のページで「消えてしまった」という印象を残し、後味が非常に悪い。

また、気になったのは蔵馬と飛影の粗さだ。本当にザッザッと一発書きしたような線で、顔もどこか「本人に似ただれか」に見えて居心地が悪い。

 

キャラに「自ら手を下した」説

この「幽遊白書」文庫版12巻が発行されたのは2011年10月だ。幽白連載開始は1990年、となると前年に当たる2010年は連載開始20年ということになる。

これは私の勝手な想像なのだが、ひょっとして2010年、冨樫側になんらかの集英社側からの働きかけがあったのではないかと思ってしまうのだ。

漫画「幽遊白書」のメモリアルイヤーに相応しいなにかを。

書き下ろし漫画の「凶」と腹に書かれたパンダのキャラは冨樫であることは言うまでもないが、もしかして「今後のなんらかの可能性」を消し去るために、あんな書下ろしがついたのではないかと思ってしまうのだ。

作者はキャラを生み出す「神様」だ。キャラを作り出すのも、キャラの結末もすべて「神様」の頭から生まれ、そうしてキャラたちは生き、あるいは死んでいく。

 キャラを「もういなくなったよ、もう誰にも手の届かない場所に行ったよ」と宣言できるのは、世界の創造主たる作者しかいないのだ。

ファンは「自分たちは冨樫に嫌われているのかな」と思うと非常に後味が悪いが、実のところ「冨樫が自分の手で幽遊白書の世界を解体してしまう」その瞬間を、長年見届けてくれたファンならば理解してくれると思ったのではないか。

同時に、ファンがこの書下ろし漫画に感じたのは「冨樫は幽白のキャラが嫌いなのか?」という気持ちで、それを思うとこれも後味の悪さを感じてしまうのだが、実のところ「もう幽白は蘇らないし、もう描くこともないよ」という宣言を直接作者の口から聞くことができたとも言える。

好意的にすぎるだろうか。実際、私は当初は上記のような「冨樫は幽白ファンが嫌いなの?」という気持ちや「本当は冨樫は幽白のキャラが嫌いで嫌いで仕方なかったのかな?」という気持ちをこの書下ろしを読んだとき抱いた。

しかし、それは余りにも一面的な見方に過ぎるのではないかと思い、上記の感想に変わっていった。

「よしりんでポン!」を読むとなんとなくそう思えてくるんですよ

1995年のコミケに突然現れた冨樫は、500部限定の無配同人誌「よしリンでポン!」を頒布した。この本は限定発行とあって、現在もオタクショップで高値で販売されている。

キャラたちは「幽遊白書」のキャラを演じている役者だった、といったメタネタの漫画や、幽白連載中に陥った肉体的にも精神的にもぎりぎりの生活が明かされる。

気になったのは、この中の「編集白書」だ。

料亭で出版社のお偉いさんたちと接待を受けているらしき冨樫(を思わせる眼鏡、マスクの男)は、料亭の女将からサインをせがまれる。

「何か、キャラを」と乞われるが、何も書くことができず、色紙に涙をぽつりと零す。

「もう、勘弁してください」

「幽遊白書はかんべんしてけろ!」

男は血を吐くような叫びをあげ、この漫画は終わる。

これほどまでに、当時の冨樫が追い詰められていたことが生々しく伝わってくる内容だ。

漫画家と会社員では全く立脚点が違うが、例えばサラリーマンがあまりにも過酷なプロジェクトにかかわっていたとする。休みも余暇もほとんどなく、精神的にも肉体的にもギリギリで、人格崩壊寸前の時期を経験していたとする。

そうした場合、大抵体を壊すか、もっと楽な仕事ができる会社に転職を考えるのではないだろうか。

もしもっと平穏な暮らしをとりもどしたあと、その会社に「どうしてもあの仕事をしてくれないか、君が必要なんだ」と何度も頼まれたとしよう。

「断る」

「もうあの仕事はしない。あんな仕事はたくさんだ」

そう答えるのがふつうではないだろうか。

ならば、もうそんな芽を残しておかないよう「自分の手でその可能性を完全に摘み取ってしまう」

それがあの書下ろし漫画の理由ではないかと思うのだ。

以上、完全に個人の想像でしかない説を書き連ねてきたが、読んだ人によってあの後書きの解釈は分かれると思う。

あの書下ろしを読んだからといってファンの中にすまう「幽遊白書」のキャラたちがいなくなる訳ではないし、悲しく思う必要はないと思うのだ。

世界の創造者たる作者に「幽白世界の解体を見届ける立会人」として選ばれたと解釈すれば、ファンが嫌われている訳でもなんでもないことが分かる。

以上非常に的外れなことを書いているのかもしれないが、この記事を読んだ方には一人の読者の感想として受け取っていただけると幸いだ。

 

追記:10月26日、新作アニメ「のるかそるか」「TWO SHOTS」が収録された幽遊のDVDボックスが発売されたそうです。

緒方さんのツイ見て欲しくなりました・・・新作・・・新作で蔵馬が見られるなんて最高・・・!蔵馬大好きです!

 

結構冨樫の本音が書かれてるらしい画集(いきなり高騰しはじめました)

書下ろしが載ってる文庫版12巻

元アシスタントが書いた「ソフトな冨樫」がみられるマンガ。本当にゆるいネタしかないのであまり期待してはいけない。でも結構私はこの本好きです。

アニメ版のOPとEDは名曲ぞろい。いつ聞いても熱い。

女性ファンに圧倒的人気の二人(妖狐もステキ。私蔵馬と飛影の下敷き、未だに大事に持ってます(笑)

おまけ🐾
幽遊の下敷きです☟同世代の方「これ持ってた懐かしい~」と思って貰えると嬉しいです


作画があまりにも美麗なのでずっと置いていたものです。ほんとうに当時この二人に熱狂していました。

 


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