報道の急激な転換。オウムは「マスコミのオモチャ」から「日本人すべての敵」へ
さまざまな事件に関与したとして、警察は1995年3月22日ついにオウム強制捜査、幹部信者は逮捕(あるいは逃走)し、マスコミはこれまでさんざんオウムをテレビでネタにしたり茶化したりして番組を作ってきたのに、今度は手のひらを返してオウムを叩き始めました。
オウムは叩かれるだけのことはやってるし、たくさんの人を傷つけたり殺傷していて(おそらく判明していない事件も多々ある)叩かれるのは仕方ありません。
しかしその方向性がまさに「一斉に総叩き」という感じがして、気持ちが悪かったのを当時よく覚えています。
「オウムを理解しなければ」ということを少しでも匂わせた瞬間、テレビでは悪者扱いされかねない空気がありました。
要は「なんでオウムをこっちが理解してやらなきゃいけないんだ。あんな訳の分からない事件を起こした凶悪犯罪人たちを理解なんてしたくもないね。言語道断で有罪だよ有罪。裁判なんて必要ない。理解なんてしなくてもいい。必要ない。さっさと死刑にしろ」という感じでしたね。
今でも日本で大きな犯罪が起きたときの典型ですね。
しかしこれを事件が起きて間もないころに言い始めた人も「犯罪者に味方するもの」と見なされてしまう。
そんな空気だから誰も事件を総括できない。下手に口を開こうものなら日本中の怒りが全てその人に向かう可能性がある。今でも災害の後によくある「不謹慎」と一方向にバッシングする流れに似ていますね。
そんな訳で当然オウムの信者たちの弁護士は現れませんでした。もし弁護すると言った瞬間、自分に日本中の怒りが全て向くのは確実です。そんなリスクを誰が選びたいでしょうか。
はいマスコミの新しいおもちゃ来ました。横山弁護士フガフガと登場
そんなところに現れたのが横山弁護士(通称横弁)でした。
横山弁護士は私選弁護人として麻原の弁護士に就任(のちに解任)その特異なキャラクターのインパクトは絶大でした。
まず
②歯がほとんどなくフガフガ喋る(キャラ立ち)
③マスコミに追い回され、もみくちゃにされ「こぬぉ~おお馬鹿モノがぁ~!」「もうやめてぇ~!」と絶叫(発言がキャッチー)
④マスコミの前に突如むち打ちのギブスをして現れる(キャラクター性)
当初は「や、や、やめてくださ〜い」と当惑ながらも冷静で丁寧な対応をしていたが、やがてそのあまりのしつこさにキレた横山の「この〜、大馬鹿者が!」「バカモンっ!」や「も〜う、やめて〜」に代表される一連の発言は、バラエティ番組やラジオでタモリ、志村けん、岡村隆史、坂崎幸之助、加藤茶などにモノマネされ、また、本人も出演することも多かった。
引用元:wikipedia横山弁護士
事件の内容が内容だけに、これまでのような露骨な「オウムいじり」ができず、畏まって報道する方向に行っていたマスコミでしたが、横山弁護士が現れた瞬間風向きが変わりました。
①「言動が面白すぎるから」いじっても構わん
②「キャラが特異すぎるから」あくまでも横弁をいじっているだけ。オウムは茶化してない。
という方向に路線変更したわけなんですよ。
それぐらい彼のインパクトは強烈でした。ふんがーふんがー言いながら怒ったり「もういいっ!」と絶叫して立ち去ろうとするも、お年寄りなので敏捷性がなくすぐ逃げられず「このぶぁ~かもんがぁ~!」と激怒しながらカメラに食って掛かる(おじいちゃんなので迫力ゼロ)とにかく絵になるんですよ。
悲しくて辛いことが多いオウム関連の事件でしたが、多分普通の生真面目な感じの弁護士さんが出てきたなら、ただ悲しくてしんどいだけの空気になっていたと思う。
前述したように、世の中の怒りはすでに逮捕されたオウム幹部たちに直接向けることができないためマグマのように吹き上がりつつありました。
そこで「オウムを弁護する」弁護士に、代わりに世の中の怒りが全て叩き付けられるのは必定でした。
しかし、世の中は横山弁護士の登場で毒気を抜かれてしまったのでした。いわば、彼の登場がガス抜きになったのです。
なぜなら
横山弁護士はヨボヨボのおじいさんだった(バスなら席を譲られるレベル)
年寄りを叩くなんて可哀想でできない(年寄りいじめになるから)
キャラが強烈すぎたから(狙ってやれるレベルじゃない、天然の強み)
何より一番大きかったのが彼から売名、功名心、金を儲けたいという野心を感じなかったことでしょうか。
要は「オウム事件」ではなくて横山弁護士の人となりが面白すぎたために世の中ぜんたいが戸惑ってしまい、そこで怒りが「どことないおかしみ」とか「横山弁護士個人のおかしさ」を面白がる方に逸れたため、一度みんなが冷静になったのですね。
今思ってもよく分からないんですが、結局横山弁護士は何がやりたくてオウム裁判に名乗りを上げたのだろう、と思うのですよ。だって67歳ですからね。このおじいちゃん弁護できるのかな?と心配になるレベルでしたから。
しかし今になって思うのが、彼は彼なりの正義感で誰も引き受けないであろうオウムの弁護士を名乗り出たのではないかと思うのです。
もしかして弁護士界でオウムの弁護にしり込みしている空気を破るために?と考えてみるのですが、もしそうだったらものすごく高度な計算をされてる方だったということなんでしょうかね?(横山弁護士は2007年にお亡くなりになっているようです)
今回はいろいろな視点での「オウム真理教」関連書籍をピックアップしてみました。
「オウム真理教大辞典」は不謹慎路線のオウムの妙さ、おかしなところを「ネタ」として味わおう、という観点の書籍です。
「A」はドキュメンタリー作家森達也がまさにこの当時「オウムを袋叩きにせよ」という世情のなか、オウムに独自に潜入し、「内側からのオウム」を取材した本です。
グランドジャンプ版はこの「未解決事件」のコミカライズ。
「MATSUMOTO」はフランス人作家がコミカライズした「外国人視点で眺めたオウム事件」本です。
☟オウム関連記事です。徐々にエスカレートしていくオウムの犯罪と、当時何も知らない一般人がどのような目線でオウムを見ていたのか、ということを中心に時系列で書いています。
オウム真理教事件~「変なおじさん」が「日本の敵」になるまでの話①
オウム真理教事件~「象の帽子のおじさん」が「日本の敵」になるまでの話②
オウム真理教事件~住民との軋轢と不審な事件の多発。オウムを脅威と感じ始めた人たち③
オウム真理教事件~地下鉄サリン事件の衝撃、オウムはついに「国民の敵」になった④