オウム真理教事件~住民との軋轢と不審な事件の多発。オウムを「脅威」と感じ始めた人たち③

ではオウムが受け入れられる下地としてオカルトや超常現象ブームがあったことを書きました。

では、ついに選挙活動に乗り出してきたオウムを、世の中は「ネタ化」し、面白がっていた半面、その陰では決定的な事件がいくつも起こり始めていたことに触れました。

この③ではついにそんな「オウム真理教」が一般市民に接触しはじめたために軋轢が生じて始めた流れを書いていきます。

 

誰が利用するんだよ・・・と思うオウムの弁当屋。だが意外と利用者はいた

超多角経営宗教オウムはお弁当屋さんまで経営。従業員は無給。ブラックどころの騒ぎじゃない。

上記のチラシを見れば分かるように(ご丁寧にも麻原の似顔絵付き)当時オウムがやってる弁当屋さんだからといって忌避する感じはなく、そこそこお手軽な値段なので利用していた人は多いようです。

気になるのは24時間経営なことと、さらに宅配システムまで完備していること。「食べたいときにいつでも電話してください」という文言が気になります。

従業員の人の体は大丈夫だったんだろうか・・・ある意味いろいろ時代を先取りした会社(労基は何してるんだ)

他にもオウムはとんこつラーメンの店「うまかろう安かろう亭」

☟「うまかろう安かろう亭」の、今にして思えば怖すぎな名前のメニュー。

ハルマゲ丼 – 春巻き丼
でっち上げ定食 (マスコミのこと!?)
九菜(きゅうさい)ラーメン – 「救済」にかけている。何か変なものが入ってそう
オウムレツセット – オムレツのこと
ポアカレー – チキンカツカレー(オウム用語で殺すっていう意味だからね!怖いよ)

パソコンショップ「マハーポーシャ」も経営しており、特にマハーポーシャのほうは70億円の売り上げがあったそうで、純利益は20億。どうせ従業員はただでこき使ってたハズなので純利益総取り・・・どこのブラック企業だよ・・・

(注:全て今はお店は閉店してます)

☝「オウムのお弁当屋さん」のチラシを見ても分かりますが、世の中にそこそこ許容されている風潮を十分理解した上で、オウム側が故意にふざけているのが分かります。

 

テレビで見る分にはネタ。でも町にオウムが来るなんて、そんなのお断り

テレビでは自分たちには絶対関係ない人たちだから、と無責任に面白がっていられました。ところが次第にテレビの報道のしかたが変わってきます。

今度は「オウムの変さ」「妙なあじわい」をネタとして笑うのではなく、各地に進出し始めたオウムが通称「サティアン」と呼ばれる建物を建てようとし、その過程で住民たちに拒絶されてモメる画像が増えてきました。

中でも山梨県上九一色村(かみくいしきむら)と熊本県の波野村(なみのそん)がよくテレビに登場していました。住民とオウムとのもはや紛争とも言えるほど激しい争い。

そりゃあそうです。もし自分の街にオウムがやってきて建物建てるって言いだしたら誰だってそうなりますとも。

さらに山梨の上九一色村のほうは、のちにオウム一斉捜査で警察が立ち入ることになるのですが、そのとき完全にオウムのイメージが付いてしまい、そのイメージを払しょくするために「ガリバーワールド」というテーマパークを誘致するも経営に失敗。どこまでもオウムに煩わされることになりました。

当時のオウムのものものしいま四角の倉庫(サティアン)の異様さと「上九一色村」という言葉は全国民にテレビを通じて刷り込まれていたので、なかなかそれを払拭することができなかったのでしょうか。

 

そして94年。ついに起きた「松本サリン事件」

もし自分の奥さんが何者かに傷つけられて「お前が犯人だ」とテレビや日本中で犯人扱いされたらどうしますか。

どう考えても頭がおかしくなりそうなそんな状況に巻き込まれてしまったのが当時、松本市在住の「河野さん」でした。

この「松本サリン事件」が起きたのは1994年。オウムが関わる裁判の裁判官の宿舎を狙い、オウム真理教は猛毒のサリンを散布。

ところが狙いのところには行かず、まったく関係のない市民のうちのほうにサリンは流れていきました。結果七人が死亡、負傷者は600人にも及びました。

 

メディアバッシングの恐怖。無実の人を「犯人扱い」

サリンが来た街―松本毒ガス事件の真相
サリンが来た街―松本毒ガス事件の真相

そんな中、第一通報者であり妻もサリンの被害にあった河野さんが家宅捜査を受け、このときを境に河野さんは碌な証拠も受けないままに「犯罪人」扱いされてしまうのです。

6月28日、長野県警察は第一通報者であった河野義行(こうの よしゆき、1950年2月 – )宅を、被疑者不詳のまま家宅捜索を行ない、薬品類など数点を押収した。さらに河野には重要参考人としてその後連日にわたる取り調べが行われた。また、被疑者不詳であるのに河野を容疑者扱いするマスコミによる報道が過熱の一途を辿る。

引用元:Wikipedia 松本サリン事件

まだこの時点ではサリンが撒かれたことも、原因が何であったかすら分かっていなかったのです。

警察もマスコミも河野さんを犯人と決めつけ、連日連夜河野さんをまるで犯人と断定したかのような報道を繰り返し、次第に国民もその風潮に流され河野さんを犯人だと思い込むようになったのです。

ほんとにこの頃からマスコミはクズです(失礼)

 

「犯人」とみなせば徹底的に叩く。メディアの性質はまだ変わっていない

また、分析の結果当初「謎のガス」扱いであった原因物質が「サリン」だと判明したのはいいものの、河野さん宅にあった農薬で合成したのだと強引な論理を繰り返し、河野さんをメディアバッシングし続けました。

『週刊新潮』は、「毒ガス事件発生源の怪奇家系図」と題した記事で河野家の家系図を掲載した。河野は「これが一番おかしい、先祖は関係ない」と語っている

地下鉄サリン事件後も河野は週刊新潮のみ刑事告訴を検討していたが、謝罪文掲載の約束により取り下げた。現在も河野は「週刊新潮だけは最後まで謝罪すらしなかった」と語っている。河野との約束は現在もなお守られていない 

結局ここで河野さんではなくオウムにきちんと目が向いていれば、1995年の地下鉄サリン事件は起こらなかったはずです。

 

事実はテレビが報道するよりずっと複雑だ

メディアが冤罪の人を犯人扱いしたために、日本中が同じ方向に誘導されるという悪しき習慣の始まりはここから始まりました。

結局この「冤罪なのに犯人扱い」報道は2007年の香川・坂出3人殺害事件で被害者の父親を暗に犯人扱いするように誘導する報道でも再び繰り返されました。

「疑惑」は晴れようとも―松本サリン事件の犯人とされた私 (文春文庫)
「疑惑」は晴れようとも―松本サリン事件の犯人とされた私 (文春文庫)

河野さんというスケープ・ゴートを盾に、オウムはサティアンでこうした化学兵器の生成、オウムを批判したり、法的に告発しようとする人物の抹殺や封殺を図って暗躍し、ますます手に負えない存在に成長し続けていたのですが、この時点でもまだ一般人はそんなことは何も知らずに呑気に暮らしていました。

オウム周辺で起きる異臭騒ぎ、信者の監視の異様さなどに気が付いた人たちはほんの一握りの「オウム施設」が町や村に建った周辺住人たちだけだったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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