田舎暮らし希望者に冷や水をぶっかけるリアル小説~坂東眞砂子「くちぬい」


 

「日本の田舎のリアル」こんなにあからさまに書いてくれる作家はどこにもいない

坂東眞砂子の書く本をずっと読んでいました。

田舎ならではの風習、奇習を下敷きに展開される怪しい出来事のかずかず。小さな歪みが積み重なり、心理的な精神バランスを欠いていくさまをリアルに描いた作品を得意とする作家です。

「救いがない」と評されることも多い作風でもありますが、土俗的、民俗学的なことに興味のある人間にはたまらないテーマを取り上げる作家でもあります。

一般的に知られている作品は「死国」「狗神」です。「死国」は栗山千明さん主演で映画化「狗神」は天海祐希さん主演で映画化されています。

 

 

「真の闇」は行き場のない狭い場所でこそ醸成される

彼女の書く作品世界の「日本」は明るいネオンに取り巻かれた都市や真夜中でも煌々と明かりに照らされた大都市ではありません。もっとも彼女ならばこうした「闇」のない都市の中にも作品世界を作り出せるでしょう。

彼女の書く「日本のいなか」は未だ夕方になれば出歩いている者など一人もいない村落、つまり道端にちいさな街灯が灯されているだけの小さな村であり、夜も更ければねっとりとした真の闇、どこまで目を見開いても「闇」しかないそんな「まちの」いや「日本のはずれにある小さな村」の恐ろしさをこれでもか、というほど拡大して見せ、読者が胸やけするほど描いていく。

横溝正史の「犬神家の一族」や「八つ墓村」「悪魔の手毬唄」が好きな人や、岩井志麻子の「ぼってえきょうてえ」が好きな人にはぴったりくる作風です。

「人生の楽園」的な番組を見て田舎暮らしに憧れる人こそ坂東の本を一読すべきだと思います。

「人生の楽園」に代表される田舎暮らし推奨番組で見える田舎の顔はあくまでもよそ行きの田舎の顔でしかありません。

芸能人がTVではにこやかな顔しか見せないように「生活拠点としての田舎」は常ににこやかな顔だけを見せてくれる訳ではありません。

嫉妬、悪口、噂話。裕福な(に見える家)に対する羨望、微妙な嫌がらせ。これはいずれもお客さんとして田舎を訪れる分には目にしない「田舎の暗部」です。

敷地内にずかずかバーサンやジーサンに入ってこられることもあるでしょう。来客(や来訪する車の車種まで)チェックされているのにも徐々に気付いていくでしょう。

 

新参者として扱われる居住者は娯楽のない田舎では村民の注目の格好のターゲットです。居を構えて定住を決めたなら一転、根掘り葉掘りが始まるでしょう。

「いつ結婚したのか」「子供はいるかいないか」「子供は何の職業でどこに住んでいるのか」「もともとどこに住んでいて、何の職業に就いていたのか」

これぐらいはざらです。しかも新しい家を建て、充実しきっているように(見える)新しい住人。潜在的に羨まれていることは間違いありません。

 

これを読まなきゃ田舎暮らしは覚束ない 田舎信者必読の一冊「くちぬい」

前置きが長くなりました。坂東眞砂子の描く「くちぬい」はこんな和やかでありつつも、村民に少し距離感を縮められつつある居住者の瀬戸夫婦の描写から始まります。

 

くちぬい (集英社文庫)

くちぬい (集英社文庫)

 

陶芸が趣味の夫に半ば引き摺られるように高知での「田舎暮らし」の生活に入った妻真由子。

都会育ちの真由子は、不便な高知の生活に戸惑いつつも全てが新鮮な田舎暮らしを受け入れつつあった。

村民もまた彼らを受け入れつつあるように見え、関係も順調に見えた。ところが、あるとき敷地内に夫が作った陶芸窯をめぐり、村民に公民館で「説得」の名を借りた糾弾を受ける。

 

「あなた方ね、他人の土地のことをよくあれこれ言えますね。

竣亮もついに腹を立てて怒鳴り返した。毅の声なぞより確実に大きな声だけに、みな、一瞬静かになった。

「あの窯は動かしませんよ。だいたい、自分の土地に穴窯を作ったことで、なんであんたたちにがたがた言われないといけないんですか」

毅が狆のように離れた目でじっと竣亮をねめつけた。

くちぬい (集英社文庫)本文より引用

 

このシーンは住民から糾弾を受けた夫が理詰めで反論するシーンです。険悪な空気が伝わってきて思わずむずむずしますね。

確かに陶芸窯を作った場所は瀬戸夫妻の土地のなかにあります。ところが、ここが村民の農作業のときに使う道「赤線」に掛かっていたからややこしい。

そのすったもんだで夫は村民に上記のようにブチ切れてしまいます。

 

「都会もん」の理屈がどこまでも通じない。田舎では「村ルール」が絶対だから

 

皆さんはこのシーンを見てどう思いますか。

この夫のように「自分の土地になに作ろうが勝手じゃないか」と思いますか。

それとも「村の一部である道に作ったのはちょっとまずかったんじゃないの」と思いますか。

 

これは近所付き合いの希薄な都会の理屈ならばそうですし、全く間違いではありません。

これは本当に都会で生まれ育った人にはわからない感覚だと思うのですが、田舎にはいわゆる「公共の土地」と見なされている場所や道があります。

それが個人の家に掛かっているということは珍しくはありません。瀬戸夫妻が購入したこの土地も、実際ほかの住民がかつて住んでいた場所でした。

ならばなぜ「その時はトラブルにならなかったのか」

それはその住民と村民の間に「ここの土地は共有の土地だ」という共通認識があったからです。

恐らく、前の住人は「自分の土地」でありながらここを「何も作らない緩衝地域」として置いておいたのだと思います。つまり、じぶんの土地がその共有の「道」ぶん目減りすることになる。

でも田舎ではそれを「ここは隅から隅まで俺の土地だから」「何作ろうと勝手じゃないか」とつっぱねるほうがルール違反になってしまう。

法的には「あなたの土地」であっても、村には暗黙の「法律」があり、それを新参者はなかなか知ることはできません。

タブーを犯したときはじめてこんなふうな吊し上げを食らうことになり、逆切れするのも無理はないと思います。

だって不条理だもの。どう考えても理屈がおかしいんです。でも「村ルール」ではそれが通ってしまう。

「ここは俺の土地だから誰も入ってくるな」なんていう理屈を捏ねようものならたちまち鼻つまみ者になり、村八分に合うでしょう。

 

田舎暮らしが嫌になりそうな話だけど、住んだら出てくる「いろいろな問題」

つまり上記に挙げた「土地の所有権について」の一連の会話がひとつの「田舎サバイバル試験」になるわけです。

この「どちらが正しいか、間違っているか」に関して「村のほうが間違っている」と解釈した人は多分田舎暮らしには向きません。

大体田舎暮らしで失敗して都会に戻ることになるタイプの人は都会の流儀がそのまま田舎で通じると思っているタイプで、それが原因で住民とトラブルになることが多いのです。

つまり

おいしい空気、のどかな環境、自然に囲まれて「都会のままの」感覚で暮らせる夢のような場所

これが人生の楽園とかで紹介されている「理想の田舎像」わけなのですが、実際のところは「のどかな環境もおいしい空気も自然に囲まれた暮らし」と引き換えに田舎にあるのは

・冠婚葬祭の面倒くさい付き合い(年寄ばかりだからお金も大量に出ていく)

・病気になっても病院が車で一時間

・何百円も高い雑貨店の食品(しかも他の店で買い物すると文句を言われる)

・どこに行くにも誰が訪ねてきたかも全て把握されている息苦しさ

 

であったりするのです。

 

作中で起きた様々なトラブル、嫌がらせ。これは決して大げさでも誇張でもない

この本は坂東が実際に田舎暮らしをした経験をもとに書かれたものです。

まあ小説なのでいくらか「ここまではないだろう」というトラブルがありますが、実際うちの姑は田舎住まいでこうした同じようなトラブルに直面しています。

一人暮らしの彼女の家では丹精した花が何かを掛けられたらしく枯れてしまう。外に貯めて置いてある灯油タンクから灯油を抜き取られる。何者かが家に勝手に入ってきて買ったばかりの醤油やめんつゆを盗んでいく。

それを訴えられた当初、私たち夫婦は正直姑が認知症入ったのかと思ってしまいました。「何かを盗まれた」なんて典型的な訴えだと話半分に聞いていたのです。

しかし後にこれが誇張や勘違いでないことが徐々に分かってきました。ならばなぜ彼女がそのターゲットになったのか。

答えは一つです。

彼女がよそ者だから

です。「よそ者」と言っても彼女はその村から車で数十分行った村の人で、はっきりいって「地元の人」と言っても過言ではありません。

嫁いできて50年もそこに住んでいるのになお「村の人」と見なされてない部分があるのです。

しかも一人暮らしです。大半の人は野菜を差し入れしてくれたり、声を掛けてくれたりよくしてくれるのですが、中にこういう心無い人間がいるのです。

「弱いもの、立場の弱い存在をとことんまで痛めつけ、傷つけたい」というネチネチした陰湿さを、顔も名前も晒さないでコソコソと発揮する人間というのはどこでもいるのです。

この本は読んで「そうそう」と頷きまくりの本でした

 

美しい、自然豊かな人情あふれる土地にも存在しています。田舎だからといって皆心が清らかでいい人な訳ではない。

「田舎は皆いい人で天国のような土地」だという幻想は持たないほうがあとあと失望せずにすみます。

 

人生を変える決断だから「田舎の悪い部分」が好きになれないならやめておくべき

坂東の書く「日本の田舎」や、私が長々書いてきた家族のトラブルに拒絶感や嫌悪感を抱いたならば、田舎暮らしは考え直したほうが良いように思います。これは珍しいことでもなんでもなく、ごくありふれたレベルの話なのですから。

そうした人は「田舎のお客さん」としての距離感でいた方がきっと田舎を好きでいられます。

そうした意味ではの小説「くちぬい」は「田舎は人生の楽園」説に傾きがちな都会者の試金石になると思います。

田舎暮らしをお考えの方、マイナスなことばかり書いて申し訳ありません。

 

注:「くちぬい」は終わり方が非常に後味が悪いので本文313ページあたりで読むのをやめておくのが吉です。さすがにこれ以降のトラブル、事件は「創作」ですから。

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Commentsこの記事についたコメント

3件のコメント
  • トミー より:

    はじめまして。
    ネットや携帯、高学歴化しても農村の実態がマスキングされてる
    かのように都市圏の人間に気がつかれないのは日本の謎現象ですね。
    やはりテレビ番組を間にウケる層がかなりいるのだろうか??
    しかし都市住人も学校や仕事場にローカル出身者がいて何かしらの
    情報を得ている可能性はありますよね。

    基本的に農村は部族社会です。
    よそ者はターゲットにされ、それどころか生粋の人間ですら
    トラブルになる可能性すらあるのですから。

    農村の住人はかなりトリッキーな人がいますよ、
    それこそ詐欺師、山師、奇人変人の類いは普通の格好して
    存在しますから。またその詐欺師、山師がつるんでいるのが
    田舎の実態です。

    山口県周南市の事件と対馬の親子殺害事件は田舎ならでは
    と感じました。
    また、地方に多発する墓石の倒壊事案なども犯人は地域の
    人間だと思います。

    つまり逃げ場がない、味方がいない、それしかない。

    年齢を重ねた人間が他人の言葉で変わるわけがない、
    そんな因縁の地獄に現役世代が入り込むのはまさに自殺行為だ。
    地方創生なんて大きい事言わない方が良い。

    • きじねこ管理人(ブログ主) より:

      トミー様コメントありがとうございます。

      >農村の住人はかなりトリッキーな人がいますよ、それこそ詐欺師、山師、奇人変人の類いは普通の格好して存在しますから。またその詐欺師、山師がつるんでいるのが田舎の実態です。
       

      私は中核都市からものすごい田舎に嫁いだものなので、カルチャーショックを受ける案件が結構ありましたね。
      例えば集落に泥棒がいて、普通に他人のうちからものを盗むのですが、村全員犯人を知っているのに逮捕もできないし犯罪も止められません。
      なぜかというと「恨まれると放火されるから」なのだそうです。だから黙ってものを盗まれ続けている。
       

      怖すぎてものも言えません。トミー様のおっしゃるとおり
      >つまり逃げ場がない、味方がいない、それしかない。

      それに近いものを感じました。先入観のない都会ものの目線で見ると「変人・奇人が煮しまって凝縮し、新しい具材が一切入らない鍋」それが田舎の変な人間関係の特徴だと思いました。
       

      >ネットや携帯、高学歴化しても農村の実態がマスキングされてるかのように都市圏の人間に気がつかれないのは日本の謎現象ですね。
      はい、これはやはり「人生の楽園」だとか「鶴瓶の家族に乾杯」だとか「ダーツの旅」だとかが大きなフィルターの役割を果たしているように感じますね。
       

      田舎の人はみんな純粋で、優しくて、不器用で不愛想だけどあったかい。そんなオフィシャルイメージを広げているように思います。田舎は変な人やダメな人ばかりではありませんし、
      テレビに出てくる人たちはやらせではなくて実在するのだけれど、実際のところはそういう人は都会と同じ比率でしか存在してないと思います。
       

      まだまだテレビの影響力は巨大だと思います。だからこそ「農村の実態がマスキング」され、田舎に憧れる人が絶えないのでしょうね。
      また、退職世代を田舎に招致するのは、地方自治体やら不動産関係の人やら、それによってメリットを受ける人たちがいるからこそ、田舎プッシュが止まらないのでしょうね。
       

      >そんな因縁の地獄に現役世代が入り込むのはまさに自殺行為だ。地方創生なんて大きい事言わない方が良い。

      ごめんなさい、思わずここで笑ってしまいました。ずばずばしたキッパリコメントをありがとうございます。お返事が遅くなりました。

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