語り手に「ディレクターズ・カット」された映画 「ロスト・ハイウェイ」感想④

ロスト・ハイウェイ感想四本目です。ようやく二巡目を見終わり、考えを整理しているところです。

普通の人は前知識なしでこれを見てると思うんですよ。つまりすべてが「!?」状態。そのままアンディ事件→その後まで怒涛の訳わかんない状態。ていうか一回目で意味が分かるのなんてリンチしかいないと思うよ!

で、おそらくその後の行動はみな同じ。アマゾンのレビューやら、映画レビューサイトやらで「一体どういうことなのか」を検索。

そこでようやく実際の「O・J シンプソン事件」をモデルにしていることや「サイコジェニック・フーガ」をモチーフにしていることが分かってくる。

それを前提に置いて見るのと見ないのとでは、印象が全く変わってくるのがこの映画です。という訳で、今回は二巡目の感想まとめです。

一回目と二回目で印象が変わる映画

つまり初見、映画を見る人は「何がなんなんだか?」「なにが現実だ」「フレッドとピートの関係は?」「レネエとアリスは無関係か?」など混沌とした映画の世界観に問答無用で投げ込まれます。

つまり「フレッド、又はピートの混乱している心理」を追体験しているのです。

前知識が一切ないことにより、訳の分からない状態に投げ込まれる主人公と同じ目線に立っているのだから、訳が分からないのも当然です。

劇中の「主観」を司る主人公自体「なぜこんなことが起こっているのか」を分かってないから、視点がとっちらかり、編集してない自主制作映画のように断片的なエピソードだけが差し挟まれていきます。

一つ一つは意味のあるエピソードだし話としては成立しています。それを「おかしい」「意味がわからない」「うまく繋がってない」と感じるのは、時系列になっていないから、それに尽きると思います。

フレッドは序盤の方で言っています。「記憶は自分なりに」「起こった通りを記憶したくないんです」と。
よく考えればこの段階でリンチが明言しているようなものです。つまりリンチ監督は

フレッドは「信頼できない語り手」だから、それを前提で見てほしい

 

ということを劇中人物、特に主人公に言わせている。
信頼できない語り手(しんらいできないかたりて、信用できない語り手、英語: Unreliable narrator)は、小説や映画などで物語を進める手法の一つ(叙述トリックの一種)で、語り手(ナレーター、語り部)の信頼性を著しく低いものにすることにより、読者や観客を惑わせたりミスリードしたりするものである。  

 

そんなこと言われてもさらっと聞き逃しちゃうよ!しかも主人公の口を借りて言ってる訳だから!普通の映画とかドラマを安心して見られるのは

主人公の言うこと、見たことが「主人公の目を通した主観ではあるが、基本的に一応の事実に基づいている」ということが前提だから

 だと思うのですよ。これを、序盤から

この主人公は自分で意図的に事実にフィルターを掛ける人間で、事実をありのままに語らないから、この主人公目線は「本当にそれが事実か分からない」ですよ
ということを主人公の口を借りてですが、一応説明している訳です。「訳が分からない」と感じるのはまだ見る側がフレッドを語り手として「信頼しているから
実はこの映画自体、「フレッドが事実をディレクターズカット」したものだ、ということが分かると、劇中の出来事を客観的な視点で眺めなおすことができるようになる、と思います。
訳の分からなさをただ投げっぱなしにしないで、こうして「訳のわからなさに対するヒント、考えるきっかけ」をポツンポツンと置いていてくれるところをみると、リンチ監督は結構親切な人なんだと思うのですが考えすぎでしょうか。

つまり「フレッドの話は話半分で聞く」のが正しい

この言葉に注目して欲しいというリンチ監督の意図を感じてしまうのは、フレッドが上記の言葉「記憶は自分なりに」を言っている際の刑事さんの変な空気感。

 

「何言ってんだこいつ」って顔をして、変な空気になっています

 

そりゃあそうですよね。自分の家や寝室など、プライベートな空間が撮影されているかもしれないというのに、切迫感もなく「記憶は自分なりに」「起こったままを記憶したくない」なんて言い始めたら「この旦那ちょっと変なのかな?」と思うのが普通です。

 

先ほどの「フレッドの話は信頼できない」ということを考えて、この刑事の訪問を捉えると、実はこの一連のやり取りは「フレッドが逮捕され、取り調べ室で刑事としている会話」だと思うと筋が通る気がするんですよ。
刑事にやったことを問い詰められ「記憶は自分なりに」「起こったことをそのまま記憶したくない(だから何も覚えてない)」と発言
刑事変な空気になる(頭がおかしいのかな?と思って)
この女房殺し野郎(顔面パンチ)

 

という流れじゃないかと思うんですよね。

 

刑事と刑務官たちのやりとりだけが「一応の事実」だと仮定できるが

それで人体入れ替わりの謎が解けた訳ではありません。ピートの身になにが起きたのか、ピートの両親と彼女がピートを腫れ物扱いにする理由はなにか。

人体入れ替わりは刑事や刑務官など「嘘をつく理由がない第三者」の目前で起こっています。

今回はひとまず「フレッドの語る事実の信頼性」についての話でしたが、次回は「ミステリー・マン」の正体について考えていこうと思います。

 

「信頼できない語り手」が登場する作品を書く作家として最近知られているのがカズオ・イシグロです。彼は自身の作品に登場する「主観的視点の主人公」についての問いにこう回答しています。

「私が小説を書き始めたとき、『信頼できない語り手』について特に考えたことはありませんでした。実際に、当時はこの表現は今ほど使われていませんでしたし。私は、自分自身が現実的だと感じるかたち、つまり、たいていの人が、自分の体験について語るとき普通にやっているように語り手を描いているだけです。

というのは、人生で重要な時期を振り返って説明を求められたとしたら、誰でも『信頼できなく』なりがちです。それが人間の性というものです。人は、自分自身に対しても『信頼できない』ものです。

設定は異なるながら「自分自身が過ごしてきた職業人生」をときに自分自身のフィルターを通して物事を記憶している(またはそう記憶していたい)人物が語り手の小説です。


 
🐾関連記事🐾
まるで悪夢にも似た日常~デヴィッド・リンチ「ロストハイウェイ」感想①

二巡目でいろいろ思ったことをまとめる~ロスト・ハイウェイ感想②

女は怖い、というメッセージを読み取る映画「ロスト・アウェイ」感想③

ミステリー・マンとは何者か 前編「ロスト・ハイウェイ」感想⑤

ミステリー・マンとは何者か 後編 「ロスト・ハイウェイ」感想⑥

「ディック・ロラントは死んだ」について考える 「ロスト・ハイウェイ」感想⑦

理解に時間は掛かるけど、ヒントはあちこちに~デヴィッド・リンチの世界

 


error: Content is protected !!