【TRFも】小室さん、ありがとう【gloobeも大好き】

2018年はじまってすぐ、文春砲で引退を余儀なくされた小室哲哉さん。彼の作る音楽とともに思春期、青春期を過ごしてきた者にはとても残念なニュースでした。

小室さんが会見をした日、ローソンに行ったら「寒い夜だから」のインストゥルメンタルが流れていたのを思い出します。

90年代を過ごした自分にとって、寒い日に聞きたくなる曲は「寒い夜だから」かユニコーンの「雪が降る町」が唯一無二です。

彗星のように現れた「プロデューサー」

「バブル期」は今では平野ノラさんのぐるぐる巻き髪に大げさな肩パットスーツ、巨大な携帯電話でパロディ化されていたり「バブルダンス」で有名になったりしてすっかり「古すぎて回顧される時代」「過剰さが面白がられる時代」になってしまいました。

今のように、スマートフォンひとつでゲームや音楽、動画などのエンタメの補給ができてしまう時代からすると「盛大な冗談」のような時代ではありましたが、その「冗談」と世情が釣り合った不思議な時代だったと思います。

世の中全体がどこか浮かれ、万能感に満ちていたバブル時代。その余韻がまだ覚めやらぬ90年代後半、彗星のように現れたのが「プロデューサー 小室哲哉」でした。

元々自分自身が成功したグループの一員であっただけではなく、「作曲家」「プロデューサー」「コンポーザー」とマルチな才能を発揮し1994年頃から、次から次へと爆発的な勢いで曲をプロデュースしていきました。

本当にあの当時の小室さんの制作ペースは群を抜いていました。当時小室さんは私たち若者にすごいものを食べていることを感じさせず「もっとたくさん食べてね。あ、また新しいアルバムできました」とさらりとした顔で次から次へとおいしい音楽を差し出してくれました。

しかし、それが「ただの流行り」「若者の一時の流行」で終わらなかったのは、小室さんの作る曲が大量でありながら「一つとして同じ」ものはなかったからです。

今でもあの当時の曲を聴けばタイトルが浮かびます。歌詞も頭に入っています。イントロを聞けば「あの曲だ」とすぐに分かるのです。

そういうとき、私は小室さんの記者会見でのこの言葉を思い出します。

「今後も『この曲いいよな。歌いたいな。聴いてみたいな』とか、そういうふうに思ってもらう曲もあるのかなと思っています。そういう楽曲は退かないで生きていってほしい」

夜明けがきっと訪れて悲しみを運んでしまうよ 

この言葉の重さが、若い時にはわかりませんでした。

歌詞の意味など考えず、ただ「ノリ」と「テンポ」と「カラオケで盛り上がれるか否か」ばかり考えて、次から次へとたくさんの名曲を作り出してきた小室さんの差し出す曲を当時自分は咀嚼することなく簡単に飲み込み、あまりにも安易に消化してきた気が今しています。貪欲な、しかしなんと贅沢な経験をさせてもらったのか。

しかし歌詞は確実に残ります。ふと小室さんの作った歌を口ずさむとき「ああ、本当にそうだな」と20年経ってすとんと腹に落ちたのがこの「夜明けが~」というフレーズです。20年経っても、小室さんの歌は全く色あせてはいません。

小室さんが、また「音楽活動を始めよう」と思う日がいつか訪れることを待っています。

 


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