獣医さんの待合室で「社交辞令」と「かわいいですね~」の応酬に疲れたあなたへ


猫を飼っているので時折獣医さんに通っています。通うようになって気が付いたのですが、獣医さんの待合室というのは微妙な空気感があるような気がします。
 

「動物好き」を徹頭徹尾演じる場。それが「獣医の待合室」

獣医さんにいるわけですから、そこの待合室にいる人たちはみんな何らかの動物好きの人ということになります。

よって、よそ様のペットにも興味を示す割合が高いように思います。ブンブン尻尾を振って「こんにちは!こんにちは!」と周囲の人に愛想を振りまくゴールデン。確かにカワイイし顔が緩みます。

だがしかし!犬は確かに可愛い!でも犬が苦手な人はどうする!?まあ獣医さんにいる人に犬が苦手なタイプの人は少ないと思いますが、ゼロではないと思うのです。

猫しか飼ったことない人からすると、犬はかわいいけどグイグイ来るから怖い時もあると思うし。

基本的にペットの飼い主は「うちの子が一番かわいい教」に入信している

というのが基本ありまして「よその子」もかわいいし、寄ってきてくれると嬉しいんだけど「必要以上に動物好き」を演じなくてはならないしんどさもあります。

「何歳ですか?」「男の子?女の子?」なんでこんな会話しなきゃいけないの

要は前述したように「基本じぶんちの子が一番かわいい」と思っているからこそ、待合室で会った「見知らぬ飼い主さん」もそうであることをわかっています。

だから必要以上にサービスしちゃうんですよ

だって自分ちの子がみんなに「かわいいかわいい」って撫でてもらったらうれしいに決まってるもん。それがわかるからこそ、獣医の待合室で見ず知らずの飼い主とペットにサービスしてしまうんだよ。

正直どうでもエエって思ってても、よその愛想のいいわんこが「あっ!このひと構ってくれる!どうもこんにちわこんにちわ!」って自分のそばを離れてくれないと「んも~!かわいい奴だなあ」ってデレデレはするんだけど正直疲労はするよね

だって自分ちのペットが獣医に来てるってことは、予防注射を除いてあまり好ましくない状態だってことですからね。

正直そのことだけを考えたいし、よその子とその飼い主さんに場を繋ぐために「かわいいですね~!何歳ですか~?」とか社交辞令言いたくないもん。いや、かわいいとは思ってるんだけど。

あと結構気を遣うんですよ。人間の子供だと「男の子ですか女の子ですか」って質問はかなりしにくいけど、動物の場合見た目ではほとんど分からないわけだから、気軽に聞けます。

「男の子ですか、女の子ですか」って。

でもねそのあと続かないんですよ。だって聞くことないもん他に。

「サービス心が強すぎて滑った」例。「しっぽが太~い」事件

誤ったサービス心を発揮したため、微妙な空気になるシーンもあります。ある飼い主さんが、大きな犬を連れて会計をしていたんですよ。

たまたま後ろに座っていた飼い主の人が「かわいいですね~」とやりはじめたんです。そこまではよかったんです。でもその後がいらなかった。「しっぽがふと~い!」って言ったんです。

瞬間、空気が凍る待合室。黙って流す飼い主さん。明らかに怒っていました。

だって、大きい犬なんだからしっぽが太いのは当たり前だし、なんかそれを言われたことによってバカにされた感じがしたんでしょうね。

で、その発言した人は飼い主の人に流されたことにも気が付かずまた「しっぽふと~い」って言ったんです。

「もうやめろ・・・頼む・・・余計なことを言わないでくれ・・・」とその場にいる皆がそう思っていたと思います。

「しっぽふと~い、だから何?」ですよ。多分、犬じゃなくて誰かのお子さんでも同じだと思う。

いや「かわいい」とか「おっきくなったね」とか「元気がいいね」っていうのはありだと思う。犬でも子供でも。でも「鼻がおおきいね」とか「髪が茶色いね」とか、よその子供に言ったらダメですよね!?

この人の言う「しっぽふと~い」っていうのはそういうことを言ってるのと同じだと思う。

要は「その対象のかわいさ、おもしろさ、愛おしさ」を口にすると、大抵の飼い主さんはうれしいと思うのです。

でも「身体的特徴、生まれ持った部分、変えようのない部分」を言うのは完全にアウトだと思いますし、これはペットに関してのコメントでも同じですし、人に対してのコメントでもアウトだと思う。

この人は「待合室での社交」を完全に間違えてしまったタイプです。そうすると「何歳ですか」「男の子ですか女の子ですか」はそういう心配もなく、無難で万能な質問であることが分かります。

 

「社交辞令飛び交う生暖かい場」で「無理して笑わない」を心がけてみませんか

そういううすっぺらな表面上のやりとりも社会の潤滑油として必要悪。でも正直そんな気持ちになれないときは「かわいい~!」「あらいい子だ~」「ウフフ~」みたいなやりとりには敢えて入りません。

心に余裕があるときは入れるんだけど、自分のペットを案じてるときは正直そんな余裕なんてないです。

そうすると、そういう和やかな場で一人入れない、というのはかなりポツン感がある。一人そういう空気に敢えて入らない、というのはその場ではかなり勇気がいる。

その場に無理して入ったからって自分のペットの症状がなにか変わるわけじゃないし、どうせその場で出会ってその場限りの人たちによく思われようがなんと思われようが正直言って「自分のペットのことだけ考えていたい」のが心情ですもんね。

多分みんなこういう考えのもと、それぞれに動いたら世の中はきっとつまらないものになると思います。こういうやりとりすなわち社会のゆとりでもあります。

「笑いたくないときに無理して笑うのはやめませんか」「ペットの体調が悪くて話す気になれないときは無理して和やかな会話に加わらなくていいんじゃないか」ということを言いたくてこの記事を書きました。

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