SNSで友達なんてできやしないんだよ

私はインドア派なので、家でDVDを見たり、そのアニメや漫画のイラストを描いたり、ツイッターで好きなキーワードを検索して趣味を同じくする人のツイートを見て共感したり、新鮮な気持ちになったりするのが好きです。

ここで私が難儀なのが、その人たちの書き込みを「そうだよな~」とか「いいこと言ってる!」とか思っているにも関わらず、フォローができないところです。ふぁぼとかRTまでならできますが、フォローとなると手が止まってしまうのです。

恥ずかしいから?フォローを返されないと傷つくから?それもあると思います。でも一番は「検索すれば見られる関係性の人」に「いいこと言っている」「共感した」と思ったらふぁぼとRTを飛ばすぐらいの、いわゆる「その場で終わる」関係性のほうがいいし、自分には合っているんじゃないのか、と思うからです。

 

 

遠くで好感を抱いているぐらいの距離感、それがSNSではちょうどいい

そう思うようになったきっかけがいくつかあります。まず私は好きなものを同じくするグループ(ツイッターではクラスタと呼ばれる集団)にいくつか属しています。

ドラマ、アニメ、漫画などのカテゴリーごとに別のアカウントを持ち、そのすべてを違うフォロワーと自分のフォローで構成しています。

大体自分からフォローするのはドラマに関係する制作会社、TV局、俳優さん、漫画家、公式HPなどです。相手と「フォローするかフォローしないか」という面倒くさい葛藤がない、母数の大きい相手を対象にフォローしています。

そうすると、そのうち同じものを好きな人にフォローされたりします。そうした場合はよほど酷いツイート(人の悪口、愚痴、刺々しいものいいなど)ばかりでなければフォローを返します。

でもそこに「交流したい」という気持ちはありません。フォローしてくれたから単純に返した、それだけの乾いた気持ちです。

初めは好きだったのに。フォロワーの構ってちゃん化に困惑とストレス

そんな中でも、自然と声を掛けるようになった人もいます。初めはそんな風に適切な距離感を保てていた関係性も、徐々に相手の自意識が肥大していくにつれ付き合うのが面倒くさくなっていきます。

曰く#私のことどう思いますか とか #似ているアニメキャラを呟く とか多くは相手が自分のことをどう思っているか、と聞き出したいがための「構ってちゃんタグ」、誕生日を匂わせてお祝いをチラチラする面倒くさいツイート、「今日は〇〇した!」とか「〇〇が痛い・・・どうしたんだろう・・・病院行こうか・・・」などと「大丈夫ですか」待ちの面倒くさいツイート。

ある程度は「ああはいはい」と思いつつ適度に「大丈夫?」とか聞いていたのですが、結局最終的に面倒くさくなります。

そういう人は「自分自分」で「自分のことにしか興味がない」からです。

私は情報収集のため、相手は「人に構ってもらうため」そもそもコンセプトが違った

確かにツイッターなんて好き勝手なことをつぶやくだけのツールです。でも「他人の反応をあてにして、他人に構ってもらうのを前提でチラチラする」のは何か違うだろう、と私は何回もそうした「構ってちゃんツイート」をくりかえす相手に反応しながら思うようになりました。

この人は、鏡に向かって自分だけを見ていて、後ろに映っている他人にはまったく興味がないんだ、ということに気が付いた時はかるい衝撃でした。

なぜならそれは「他人は自分を構って、称えてくれるだけの素材」としか見てないということなんですから。そんな相手と何かを構築できる、と少しでも思っていた自分がとても愚かに思えました。

私はなにを女学生のような感覚でいたのだろう。顔も名前も知らない、自分のことにしか興味がない相手を気持ちよくさせるために自分の時間を割いていたなんて、本当にバカらしい、そう思いました。

我慢を重ねるとストレスマックス。「もううんざりだよ」と思うまで

次第に私はそんな感じでモヤモヤしていきました。次に、その人が同じタイムラインにいるとき敢えて呟かないで黙っていることにしました。

出ていくと今までの行きがかり上なにか言わないと不自然ですしスルーしたのがまるわかりだからです。

好き勝手いえるはずだったのに、その相手が同じ時間にいるだけで気が滅入る。なぜこんなことになったのだろう、と私は思いました。

相手は私のことなんて全く考えていないのに、こっちは相手を見たくなくてストレスを感じている。

もはやこれはブロックする段階です。そう思っていたところ、相手が延々と漫画とは全く関係ない私生活語りをし始めました。

瞬間、静まり返るタイムライン。SNSはミュートをフル活用すべき

「ああもうこの人の自己顕示欲の強さにはうんざり・・・もう関わりたくない、目にも入れたくない」

そう思った私は衝動的に「この相手をミュートする」のボタンを押しました。

とたんに「シン・・・」となるタイムライン。

瞬間、あっという間に気が楽になったのです。「見えない」ということがこんなにも楽なことだったとは思いもしませんでした。

自分のつぶやきだって、そうして人をしんどい思いをさせているかもしれない。そんなことに気を揉んで好きなことの情報収集もできないなら、企業以外とつながるべきじゃないし、フォローもフォロワーも作らないのがいい、と私はそのときそう思いました。

そう考えると、アカウントを公開している意味は全くなく、非公開でやればよかった、そのことにようやく気が付いたのでした。

そうか、私は自分の合わない使い方をして、勝手に疲れていたんだ

ということをようやく私は理解しました。そもそも、自分は人と繋がるタイプじゃなかったし、なんでも一人でやるのが好きだったのです。何を間違ったのかフォロワーも作ってしまい、面倒くさいことに巻き込まれてしまっていました。

本当に好きなことをやりたいのなら人と繋がらないアカウントを作り、そこで自分だけの心地よい場所を作るのが正解、そう思うようになったのです。

「友達をつくるのはいいことだ」「友達がたくさんいるのがいいことだ」という価値観がすべてのひとに当てはまるとは思わないし「一人でいるのが好きな人」はそれに惑わされず、適度な距離を保ちながらSNSとは付き合っていけばいいのです。

SNSで「ともだち」なんてほとんど幻想なのですから(悲しい結論ですが)

 

44歳の土木作業員「黒沢」は人望なし、友達なし、彼女なしの独身男。せめて人望がほしいと不器用に努力するが、職場の仲間には気持ち悪がられ、かえって遠巻きにされることに。

そんな黒沢があることを転機に仲間を得、自分らしさを見出していくまでを描いた人情漫画です。
試し読みページです↓こちらのページの「じっくり試し読み」ボタンを押すと75ページまで読めます

私は黒沢が「きもちわるいおじさん」を脱するまでの前半部分がとても好きです。黒沢の情けなさ、みみっちさ、小心さ、すべてがリアルで、でもそんな中で自分なりに生きていこうとする黒沢をいつの間にか好きになっています。

「カイジ」も「アカギ」も面白いですが「黒沢」はしみじみと笑える漫画です。


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